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 * King of WAGAMAMA *


「遅い……」
 デュランダル隊長、ルカ・デ・パリスこと死の天使サマエルは白馬の上で柔和な顔に険をのせた。
「フリードは寝坊でもしたんですか? ヴェルトロ」
「──いえ」
 対して鹿毛の馬上にいるヴェルトロ・レンツィが一度宿舎の方向を振り返ってから、大きくため息をついてくる。
「馬をくれない限り任務には行かないって駄々をこねてるんです」
「はぁ!?」
「私たちのように専用の馬が欲しいんだそうで。隊長のところに直訴に行きませんでした?」
「……来ましたが、忙しくて追い返した記憶が」
 彼らはローマで明るみに出た人さらいに関して調査を進めるようマスカーニ枢機卿から仰せつかっていた。
 ミトラにはクロージャーと共に実務における小隊の主導を任せてあり、カリスにはヨハンの研究チームを統括させている。
 ソテールがデュランダルを出て行った今、フリード・テレストルの監視はこのヴェルトロの役目なのだが、どうも押しが弱いせいか御せないでいるらしい。
「ソテール・ヴェルトールのイーダ号の賢さを間近で見ていたようですし、我々の馬も、主以外には甘えないでしょう。そういうのが羨ましいんですって。それと──」
「それと?」
 兄のような目をして息をつくヴェルトロを促す。
「教皇のところの、チェーザレですかね。フリードも彼も目立つし同年代なので周囲がよく比べてますけど、チェーザレは馬術にも長けてるんですよ」
「あぁ、それは、欲しくなるかもしれませんね」
 大人でも見栄や対抗心、虚栄心といったものは飼い慣らし難いものだ。
 あの年代ともなれば、いかにそんな対立には興味がないというふりをしていても、負けたくない気持ちは大きいだろう。
 だが、
「デュランダル用の馬は特殊な調教が必要ですから高価なんですよ、そのあたりの貴族や枢機卿が乗る馬とは値段が違います」
 デュランダルの予算はヨハン=ファウストが湯水の如く使っている。
 幸い直属の上司たるマスカーニ枢機卿が腕利きのため、全員一日一食しか食べられないような赤貧状態にはならないが、それでも節約は必要だ。
「でも、ジェノサイドで主を失った馬がけっこう出たんでしょ?」
「それはレネックたち新しい隊員に引き継ぎました。第一、フリードでは“第二の主になる”なんて芸当はまだできませんよ」
 サマエルは馬を降りた。ヴェルトロがふたりの馬を木に繋ぐ。
「まさかそれだけのことで職務放棄するとは」
「子どもは自由でいいですよねぇ」
「…………」
 ふたりが宿舎へ行くと、フリードの部屋の窓だけ、これから嵐が直撃するのかと思われるほど板が打ちつけてあった。
「中も防壁築いているようなんです。扉を蹴破ろうとしましたが、ダメでしたから」
「…………」
 パルティータにも手を焼いたが、この少年にも嫌な予感がする。
 ──これだから人間は……。
 眉をひそめながら、サマエルはフリードの部屋の扉を叩いた。
「フリード、任務に行きますよ」
「馬がなきゃ嫌です」
 存外、あっけらかんとした明朗な答えがすぐに返ってくる。
 もっと湿っぽい方向に不貞腐れているのかと思ったのだが……。
「馬ならいくらでもいます。まさか貴方だけ歩いて行けなんて言いませんよ」
「自分の馬が欲しいんです。イーダ号とか、貴方のネアルコ号みたいに」
「貴方にはまだ早いですよ」
「大人はそうやって、都合のいい時だけ僕を子ども扱いするんです」
「貴方も都合のいい時だけ子どものふりをするでしょうが」
 木製の扉を隔てて不毛な会話が続く。
「チェーザレ・ボルジアも原因でしょう?」
 返事がないのは図星か。
「彼が貴方を追い落とすことはできないし、我々デュランダルが彼の命令を受けることもありません。張り合っても無意味です」
「本当にそう思っているんですか? パリス隊長」
 予想外の返答に一瞬言葉を迷った隙を突いて、扉の向こうの若いクルースニクは流暢に演説をぶってきた。
「枢機卿や貴族たちは、僕を通して非公式の聖騎士集団がどれほどの力を持っているのか測っています。とるに足らないマスカーニ枢機卿の私兵集団なのか、敵に回してはいけないヴァチカンの軍隊なのか。新参の枢機卿ひとりに僕が劣ると判断されたら、デュランダル全体がその程度かとナメられることになります。そうしたら色々とやりにくくなると思いませんか?」
「…………」
 サマエルがちらりと横を見れば、ヴェルトロが両眉を上げて肩をすくめていた。
 監督官として説得する気はないらしい。
 一度ねめつけてから、扉に向き直る。
「確かにそうかもしれませんが、」
「隊長だって知っているでしょう。ここの人間の多くは、お金と権力でしか物事を測れません」
 その少年の言葉こそ表層だ。
 彼は彼の世界観を語っているのではなく、ただ、馬を手に入れるための算段を語っているに過ぎない。そしてそうであることをサマエルが見抜いていることも織り込み済みなのだ。
 非常に厄介な聡さ。
 だが死の天使は彼とは比べ物にならない時間を生きている。諦めさせることができる自負はあった。
 しかし今は時間がない。早く任務に向かわないとさらわれた娘たちの命が危ういからだ。
 置いて行くという手もあるが、我侭を言えば任務に行かなくて済むというクセがつきかねないし、それでは他の隊員に示しがつかない。
「……分かりました」
 馬は、遅かれ早かれいずれ与えなければいけないのだ。
 それが今であっても、まぁいいだろう。
「今回は私が折れましょう。近いうちにミトラと見に行って来なさい。気に入った仔馬がいたら貴方用に調教してもらいます。ただし、手元に来るまでしばらくかかりますよ。デュランダルの馬は主の命令をきくだけではダメですから」
「ありがとうございます!」
 部屋の中からゴトゴトと音がして、扉が薄ら開く。
 中から差し出されたのは念書とペンだ。
「……フリード! 私は神に誓って嘘はつきませんよ!」


 すぐ任務に発つ用意をするというフリードを残してサマエルとヴェルトロが宿舎を出ると、そこにはニヤニヤした笑いを浮かべたソテール・ヴェルトールが立っていた。
「気を付けろよ、隊長殿」
「……何に」
 サマエルがあからさまに顔をしかめると、
「“ユニヴェール”の血筋は筋金入りの我侭だ。どうあっても世界を自分の思うとおりに動かそうとしてくる。時が経てば成長して大人しくなるなんて期待はするなよ」
 ソテールが含んで笑う。
「何せフリードの親は31になっても変わらなかったからな」



◆  ◇  ◆



「…………」
 タルトを口に放り込んでしばし。パルティータが腑に落ちない顔をする。
「バレたか」
 暗黒都市の黒騎士ベリオールは額を押さえた。
「混んでるガリアで買ってるヒマがなかったから、今日の土産は別の店で買ったんだよ」
「……やっぱり味が違います。でもお忙しかったのなら、」
「……明日買い直して来い」
 パルティータの台詞を遮って、会議への召喚状に目を通していたユニヴェールが視線はそのまま息を吐くように言った。
「あぁ? アンタ話聞いてたか? 俺はこう見えても忙しいんだよ」
「うちのメイドの機嫌を損ねるな。買い直して来い」
「いえ、別段私は──」
「ほら、パルティータは許してくれるって言ってるじゃねぇか!」
「…………」
 顔を上げたユニヴェールが召喚状を指に挟み、顔の横でひらひらと振ってくる。
「買ってこないとこの会議には出ない」
「アンタなぁ……会議に出たくないだけだろうがよぉ」
 犬歯を見せて両手で空気を掴んだところで、吸血鬼の涼しい顔は変わらない。
「どうする?」
「買ってきますよ。買ってくればいいんだろ!」


THE END








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