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 * 隊長のお仕事 *


「パリス隊長」
 教皇庁の廊下を歩いていたルカ・デ・パリス(サマエル)は、背後から艶のある声に呼び止められた。
 どこからその資金が出ているのか、今日も宝石屋の見本人形のように飾り立てられたマスカーニ枢機卿だ。
 彼女を誘拐すれば、それだけで聖堂くらい軽くひとつ建つのではなかろうか。
「白十字を鍛えるための今度の遠征だけどね、予算をこの半分にしてちょうだい」
 枢機卿殿はそう言って、いきなり羊皮紙を突きつけてくる。
「は?」
「一回の遠征でこんなに使われたらデュランダルの予算なんて半年で尽きるわ。うちはあくまで非公式だから、そんなにお金持ちじゃないのよ」
「しかしそれはソテール・ヴェルトールが組んでいたもので──」
「あの人がそんなこと考えるわけないじゃない。彼はヴァチカンのお金なんて使わないもの、デュランダルを動かすときは私費よ、私費。そう考えると、ヴェルトール家という財布を失ったのは痛かったわねぇ」
 ヴェルトール家は一族そろって優秀なクルースニクだ。しかもほんの一握りしか教会には属さず、他は皆フリーランスのクルースニクをやっているらしいから、なるほどあまり気付かれないが潤沢だろう。
「いい? 遠征の質は下げずに予算を抑えること。明日には検討結果を提出してね」
 一方的に命令して彼女は去ってゆく。
 その首を飾っている無数のダイヤのうち2、3個売ればいいじゃないか、強欲女。

「パリス隊長」
 仕方なく押し付けられた羊皮紙を巻いていると、今度はユニヴェールのところの青二才に声をかけられた。
 さすがはあの空気を読まない吸血鬼の息子というべきか、あれだけのことがありながら、彼はパリス(サマエル)を避けるという行動には出ない。
「このところずっとソテール隊長がいないんです」
 その代わり、
「だから剣の稽古をつけてください」
 非常に挑戦的だ。
「ミトラかカリスに頼みなさい」
「ミトラは理論を説明をしてくれないし、カリスは最終的にお説教になるから嫌です」
「…………」
 何故いずれは葬るべき化け物を自ら鍛えなければいけないのか。
 パリス(サマエル)が回避方法を考えていると、

「パリス隊長」
 今度は前からデュランダルの隊員に声をかけられる。
 ソテール・ヴェルトールにさらにひとまわり年月を足した、古参のクルースニクだ。
「なんですか、クロージャーさん」
 ちょうどいいのでフリードは追い払う。
「何か問題でも?」
「えぇ、それが、ファウストが錬金術に必要だと言って大量に薬や器具や本を買い込んだようで、しかもすべて経費で落とそうとしているようです。それからマルセイユからひとりこちらに引き抜いた件で、あの町の聖騎士隊の新体制案を私とミトラでいくつか作成しましたので、近日中にご確認と決定をお願いします。それとサン=コームからエスタンにかけて不穏な動きがあるので白十字かデュランダルを割けないかとエスパリオンから打診がありました。サン・マルツァーノ・ディ・サン・ジュゼッペやサン・ジョルジョ・イオーニコ、カステッラネータあたりも騒がしいようです。まずは調査が先でしょうが、誰をどこに向かわせるかご相談をさせてください」
 デュランダルの中で最もバランスの取れた大人と称される男が、角のない滑らかなテノールで、しかし官僚めいた口調で並べ立ててくる。
「…………」
 パリス(サマエル)はにこやかに聞き返した。
「……どことどことどこがなんですって?」



THE END








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