Go! My Army!!
─行け、我が軍団─
 
 
 
 
「脅迫状?」
 
レベッカはかくりと首を横に折る。
 
「生徒会に?」
 
彼女は茶色の双眸をわずかに上へとやり──、
 
「なんでまた」
 
ごく普通に訪ねた。
 
レーテル魔導学校3年生、巨大ゆえにふたつに分かれた生徒会のうち、メディシスタ
生徒会の風紀委員長である彼女。
 
ゆるくウェーブのかかったダークブラウンの髪。いつも眠そうな双眸。そして学校指定の
ワイン色ローブに正面で留めた真っ白スカーフ。
それが暴走魔導師と名高い、レベッカ=ジェラルディ。
成績以外は無敵を誇ると言っても過言ではない。
 
「手違いでな、裏組織の機密っぽい情報をフェンネルが受け取ったらしいんだな」
 
「手違いで?」
 
「あいつのやってることはよく分からんが、裏通りの酒場で別の情報を得るために
情報屋とコンタクトを取ろうとしたらしい……」
 
目の前に座っている黒衣の男が言葉を濁した。室内でもサングラスを取らず、紫眼の
表情を隠し通すこの男、メディシスタ生徒会会長シャロン=ストーン。
双璧であるチェンバース生徒会会長のフェンネル=バレリーと、剣の腕で学校一の座を
奪い合う御仁である。
 
しかし、そんな彼にさえレベッカ=ジェラルディは負けたことがなかった。勝ったことがない
にしろ、敗北を帰したこともない。それは防御魔導を専門とする彼女にとって、充分
無敵の称号にふさわしいことなのだ。
 
「もしかしてあの馬鹿、本来コンタクトを取ろうとした情報屋じゃなくて、危ない人と
取り引きするはずだった別の情報屋と接触しちゃったわけ?」
 
「らしいな、あの馬鹿は。封筒開けたら全く知らない暗号文が入ってたんだそうだ。
だがな、どうやら──お手柄かもしれん」
 
「あいつ、暗号解いたの」
 
続けようとするシャロンを遮り、レベッカはコーヒーカップを揺らした。
 
「見たこともない暗号を、ひとりで?」
 
「チェンバース首席の頭だからな、さっさと解いた」
 
事も無げにシャロンが返してくる。羨望も、嫉妬も、だが賞賛もない声音。
 
「解いたらびっくりモノだったんだ。情報の中身がウチの理事長の暗殺計画だったって
言うんだからな」
 
彼のしゃべり方では、大してびっくりしているようには見えない。こうも台詞棒読みでは
子どものお遊戯劇でも却下されてしまうだろう。
だからその分、レベッカは大袈裟に驚いてみせた。
カップを置き、両手を広げて声を大きくする。
 
「そりゃ大変! あの理事長は死んでも死ななそうだけど、やっぱり暗殺計画立てられ
たら、いい気分じゃないわよね。万が一やられちゃう可能性だってないとは言い切れ
ないわけだし。……やり手だからかしらね、あの人、敵が多そう」
 
「だがこの事はまだフェンネルと俺とお前とネーベルとマグダレーナしか知らない」
 
「……結構知ってんのね」
 
レベッカは嘆息し、もう関係ないと視線を手元に落とした。そしていい加減な筆跡で
羽ペンを滑らせる。彼女はばらばらになった書類やら、開かれたままで重なり合っている
ファイルの山に埋もれていたのである。
つまり、『生徒会のお仕事』だ。
 
「でも私は何もしないからね。……その理事長直々に怒られちゃったわよ。どっかのアホが
ウチの生徒に幻覚薬売りつけているらしくてさ、授業出てこない奴とか突然笑い出して
保健室運ばれる奴とか続出してるんだって。きちんと取り締まれって睨まれたわ」
 
そしてひじをつき、てのひらにあごをのせる。
 
「ねぇ、シャロン会長、処罰、どれがいいと思う? 生徒会室の掃除一ヶ月。ヒドラ小屋の
掃除二週間。火の輪くぐり。……リヴァイアサンと水中生活三日間。学食料金倍払い
二週間」
 
「そんなものいつでも考えられるだろう」
 
「そんなもの!」
 
全く説得力のないレベッカの感嘆符。
そりゃそうだ、本人すら嫌で嫌でやる気なんぞ小石ほどもない。
 
「脅迫状の内容はこうだ。『ハイネス=フロックスという男を返してほしくば、明日深夜
零時に暗号文を持って“アルハートン屋敷”に来い』」
 
レベッカはあぁ、と気の抜けた返事をした。
 
「……あの神経質美人、捕まってんの……」
 
 
 
 
◇ ◆ ◇
 
 
 
「しっかし、なんでハイネス先輩は自力で逃げてこないわけ? どんな組織だろうが、あの
人の召喚術ならひねり潰して消し飛ばして帰ってこられるでしょうに、ねぇ?」
 
午後十一時。
街灯はぽつんと誰もいない路地を照らし、家々では就寝の時。暗い濃紺の夜空が広がる夜。
校門の横から影絵のように長身の男が現われた。
 
「お前なぁ、学校外では魔術系統を使っちゃならねぇって規則、分かってんのか?」
 
黒のヴァンパイア。そう異名をとる、チェンバース会長フェンネル=バレリーだ。
漆黒のツンツンヘアに同じく闇を織った魔導師ローブ。腰には鞘に収まった魔剣「コン
キスタドール」を携えた、魔剣士。顔と頭はいいが目つきが悪い。おまけに口も悪い。
 
レベッカは彼の顔さえ見ずにつっけんどんに応えた。
 
「死にそうだったらそんなもの破ったっていいのよ」
 
「ハイネスは規則にうるせぇからな。ま、そこまでピンチじゃねぇんだろうさ」
 
「じゃ、別に助けにいかなくたっていいじゃない」
 
「解決になんねぇだろ!」
 
「自分の失敗のくせに」
 
「……こんのヤロ……!」
 
握った拳をわななかせ、フェンネルが星々瞬く空を仰いだ。
 
「……どいつもこいつも危機感のねぇ……。シャロンにゃ昼飯たかられたぞ」
 
「ネーベルやマグダレーナは来ないの?」
 
レベッカは無視して彼を見上げた。
対してフェンネルは険悪な声音で告げてくる。
 
「……危険かもしれねぇから彼女らは待機。そういや、シャロンの馬鹿は」
 
「先に持ち場へ行ってるって言ってたわよ」
 
ネーベルやマグダレーナは待機で何故自分は先陣なのか。大いに疑問である。
仕事を抱えて溺れている自分が、どうして別件を背負い込んでいるのか……。
 
「いい? 私は忙しいんだからね、一気にカタつけるからね」
 
「……魔術は…」
 
「使うかも」
 
魔剣士がその顔を覆うのが見えた。だが、もう遅い。彼女を巻き込んだが最後、何事も
平穏無事ではあり得ない。
 
「ウチの学校に手を出したらどうなるか思い知らせてやるんだから」
 
彼女の顔が、凶悪に歪んだ。
レベッカ=ジェラルディにとって正義は、名目でしかないのである。
 
 
 
◇ ◆ ◇
 
 
 
アルハートン屋敷。
そこは魔導都市レーテルの片隅にある廃墟だ。昔はそのアルハートンとかいう魔導師が
住んでいたのだろうが、今となってはもう木造の壁には蔦がはい、所々朽ちているお化け
屋敷。
しかし大きさだけは圧倒される家である。色々といわくがある場所だが──それだけの
雰囲気はあるのだ。
積まれた時の重みと、取り残された時の異界。
 
「ハイネス=フロックスを返しなさい。あんたらがしくじってウチ…じゃない、チェンバースの
会長にくれちゃった暗号文はしっかり持ってきてあげたから」
 
レベッカは、ひとりでその前に立っていた。
うら若き乙女が! こんな時間! こんな場所に!
まったくもって尋常ではない。
 
「…………」
 
しばらく待てど返事はなかった。
 
「私はやらなきゃいけないことがありすぎて気が立ってんの。ふざけたことしてるとハイネス
先輩ごと爆破するわよ」
 
止める者がそばにいない今、それも充分アリだった。
だがとりあえず──
 
「私の前を照らしなさい」
 
シャロンに怒られるのも嫌なので、ほのかな光を生み出し屋敷へと入ることにする。
……すでに規則違反なのは気にしない。
 
「早く出てこないと本気でこの屋敷潰すわよー」
 
ぎしぎしと軋む廊下、はがれかかった壁紙に、埃をかぶったランプシェード。確かに不気味だ。
人がいなくなった家というものは、温度が下がる。そして空虚で湿った空気がわだかまる。
嫌な静寂だった。
 
何の道しるべもないので、ともかく彼女は片っ端から調べることにする。
しかし一番手前にあった部屋に足を踏み入れ途端、かすかな煙草の煙が鼻をついた。
 
「──!」
 
「お嬢ちゃん、勇ましいね。おーっと、動くな。首が落ちるぞ」
 
視線だけで見やれば、首元に銀色の光があった。
両手は後ろで掴まれていて、……要するに捕まったらしい。
 
(最初っからビンゴ)
 
嬉しさを隠しつつ無表情に前を向けば──
 
「君が来たのか、レベッカ」
 
おそらく彼女と全く同じ状態で……首にナイフをあてられ、大柄な男に拘束されている探し人。
しかし上がった声は安堵ではなく、どちらかといえばげんなりしていた。
細身で清浄な召喚士、ハイネス=フロックス。飾っておいても飽きない欠点なき美貌だが、
いかんせん口うるさい。
レベッカは不機嫌そうに柳眉を寄せた。
 
「適任でしょう。感謝してください、先輩。幻覚薬の取り締まりで忙しいってのに狩りだされて、
あげくこんな先陣を切ってのりこんできてあげたんですから」
 
声のキィが上がり気味なのは仕方ない。
今は彼女、どうつっついても正当なる正義の味方なのだ。
 
「お嬢さん、約束のものは持ってきてくれたのかな?」
 
(三人目)
 
部屋の角を背にするように置かれた椅子に、ふんぞりかえって座っている人間がいた。
ボスではないだろうが、ココにいる中では一番格上なのかもしれない。
余裕の笑みをかまして葉巻なんぞを吸っている。
二流。
 
「もってきたわよ必要ないものハイネス先輩を返してくれたら返してあげる」
 
「それは違うな」
 
男の声は……なんだか自身の台詞に酔っていた。
組織の上層くらいには位置する仮面紳士のように見えたが、案外使い走りなのか。
少し体重をかければ潰れそうな椅子なのに、あたかも重役革椅子のような座りっぷり。
本物は演技などしなくても雰囲気がついてくる。
 
「我々に彼を始末する理由はないが、君に暗号を持ち逃げする理由はある」
 
「ないわよ」
 
「だから君が暗号を渡す方が先だ」
 
問答無用に口をはさんでやったが、しかしナルシストはそれさえもはねのけてきた。
 
(なかなかやるわね……)
 
「だってそれもう暗号じゃないもの。中身知ってるもの。理事長にも報告してあるもの。
だからそんな紙切れ、もう必要ないわよ、私たち」
 
「何ーーーっ!? 暗号を解いただと!? あの天才マーケティングスが二週間徹夜で
考えたあの暗号をたった一日で解いたというのか!?」
 
男が壊れた。
それでも冷静に突っ込んでやる。
 
「その人天才じゃないのよ、きっと」
 
「兄貴! どーするんスか!! これじゃ薬買った生徒脅迫してパシらせて情報集めてあの
陰険狐を抹殺するって計画が丸バレじゃないスか!」
 
「…………へぇ」
 
レベッカは無言で、背後から聞こえた言葉を吟味した。
 
「落ち着きなさいレベッカ」
 
その表情の変化に気がついたのは、未だ囚われのハイネスだけらしい。
艶やかな金髪の、王子様然とした白皙の魔導師。
指定の黒ローブが全然似合っていなかった。おまけにその本人すら危機感が全くないときた
もんだ。
 
「どうするどうする。ロッツィオ、全部バレたことがボスにもバレたら……」
 
「そんな兄貴、これは組織がずっと前から煮詰めてきた計画ッスよ! まずいッスよ!」
 
「とりあえずこの優男とやかましい女を片してトンヅラするってのはいかがでしょう!」
 
二流どころか三流の体で慌てふためく三人を冷ややかに見やり、レベッカはナイフをあてられた
まま言う。
 
「別に、理事長暗殺計画を咎めたり報復したりするつもりはなかったわよ、私。だってあの人
強いもの。たぶん一生死なないわね」
 
「そりゃ誰だって一生死なないでしょうよ……」
 
ハイネスがこそっとぼやく。
 
「でもね。……生徒に幻覚薬売ってたのがあんたたちだって言うんなら話は別だわ」
 
「お嬢さん、貴女は何か勘違いしているね? 立場を分かっているかな?」
 
体勢を立て直した椅子の男が、どうにか取り繕ってきた。
しかしレベッカはニヤリと笑って大声で切り返す。
 
「勘違いしてんのはアンタたちなのよ!」
 
彼女はナイフを首にあてていた男の手をむぎゅっと掴み、渾身の力で引き上げた。
そして大きく回し蹴り。
 
「ぐえっ」
 
男の身体がふたつに折れ、ナイフが飛ぶ。
ついでにもうひとつ鳩尾めがけて蹴りを出したが、残念、重力の目測誤りブーツのヒールは男の
顔面に入った。
 
「哀れ……」
 
思わずハイネスがつぶやいている。
自由になったレベッカは椅子の男に向き直り、両手を腰にあて、言った。
 
「私は寛大だから、暗殺計画しようが何しようが人様に迷惑かけなきゃ何も言わないん
だけどね。薬売って金儲けしようが、そりゃ買う方だって根性ナシだからいけないのよ。
嫌な奴を抹殺? 標的が私じゃなきゃ結構よ。大事な人が標的だったら、守れば
いいだけの話だしねぇ? ま、理事長は守らなくたって生き延びるでしょうけど」
 
一歩踏み出す。
ワイン色のローブのすそが、けばだった絨毯の上でひるがえった。
 
「だけどねぇ、私に迷惑かけたんだからただじゃ済まさないわよ。あんたたちが薬売ったおかげで
私はレポートそっちのけで書類の山に埋もれて朝から晩まで頭回転させて色々考えなきゃ
いけない羽目になったのよ!」
 
レベッカは両手をわきわきさせて、目を輝かせ──しかし彼女はその場から動かなかった。
椅子の仮面紳士が、ひきつった顔をしながらも勝ち誇った声音で笑ってくる。
 
「さすがお嬢さん、魔導師だけのことはあるな」
 
「──十人」
 
おしゃべりしている間に囲まれていた。
馬鹿は三人だけではなかったのだ。
 
「協議の結果だがね、私たちが生き延びるためには君たちに消えてもらうしかない。なーに、
命までは取らんさ。幻覚薬で病院行きになってもらう程度だよ。ただし一生」
 
「病院行きになるのはあんたたち」
 
レベッカは満足げに微笑み、ローブの合わせ目から中に手をいれる。
 
「どうしてか弱い私がここに乗り込んだか分かる?」
 
取り出したのは、銀の錫杖。
だが、いつものやつではない。長さは半分、数は二個。
彼女はそれを両手に持ち、くるくる回してみせながら声高に告げた。
 
「司令官はね、のうのうと後ろにいてはダメなの。自ら突破口を開かないといけないのよ!」
 
そして横から殴りかかってきた男に力いっぱい投げつける。
 
次瞬、──窓が割れ風が吹き込んだ。
月夜の空を背景に、突如として黒い影と銀の閃きが舞う。
そして一閃、ハイネスが放たれ、大男が地を揺らして床に倒れた。
 
「…………」
 
言葉が見つからずに呆然とする三流紳士の目の前、音もなく着地した侵入者は、さすがに
サングラスを外した紫眼の剣士。
長剣を構えたまま、嘆息気味な笑みを浮べる。
 
「レベッカ。お前は口上が長い」
 
「それくらいの役得はないと」
 
彼女の背後ではもうひとりがレベッカ以上に楽しみながら暴れていた。
紅の刃で無駄なく叩き込んでゆく他称ヴァンパイア。
 
「降参するなら早くしろよ! でなけりゃ全員刺身にするぜ!」
 
シャロンが静かなる剣士ならば、あの男は派手好きな剣士。
決定力と速さの他に、華やかさまでもを欲する。剣術ではなく、剣技が好きなのだ、彼は。
 
峰打ちされてバタバタを崩れていく彼らは、一体どこで人生を間違えたのか。
 
そして、屋敷は惨状と化した。
 
 
 
 
◇ ◆ ◇
 
 
「ボスの居場所を教えなさい」
 
伸びている仮面紳士の背中を踏んずけて、レベッカは言った。
まわりには予想外、二十人近くの人間が転がっている。──ちなみに、死体にはなっていない。
 
「私に迷惑をかけたオトシマエは必ずつけさせるんだから。それにね、理事長を狙う芽も
摘んでおいた方がいいと思うし」
 
「ボスに……挑むのか……?」
 
「挑むんじゃないわよ、潰すのよ。良かったわ、一昨日図書館から棒術の本借りておいて」
 
彼女はまたもや両手で錫杖をくるくるしながら、
 
「あんたたちみたいなのを飼ってるような組織、潰せなくはないわよ」
 
胸をはる。
 
「本気か……?」
 
男はどうにかこうにか絞り出す声で、そんなどうでもいいことを問うてきた。
レベッカは肩をすくめて断言する。
 
「私はね、やるといったらやるのよ。世界そのものだって敵にまわす覚悟はあるわ。だからこそ
防御魔導師になった。守りたいものが守れるように、ね。思ったことを具現し尽くすには死んで
なんていられないのよ」
 
背後に控えているのは三人。
 
組織を丸ごと潰すには有用である、正統派召喚士ハイネス=フロックス。
ノリだしたらレベッカと並んで止まらない、魔剣の剣士フェンネル=バレリー。
いつになくニヤけて佇んでいる保護者、一撃必殺の剣士、シャロン=ストーン。
 
彼女は目を細め、彼らに背を向けたまま息をついた。
 
「ねぇ? やるでしょ」
 
『もちろん』
 
 
 
 
彼女の軍隊は、無敵である。
 
 
 
THE END
 
 
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