THE KEY SHORT STORY SIDE
Sword Fighter

999HIT 志倉浬さまに捧ぐ

 彼の名はシャロン=ストーン。
 代々、王の直属剣士団員を輩出している剣士名家の生まれである。

 深い闇を思わせる黒髪、鋭いようでしかし内を見せない紫の双眸。その鋭さを隠すかのようなサングラス。そして規定破りの長い黒スーツ。
 現在レーテル魔導学校4年生の彼であるが、剣を持たせれば敵う相手はほぼいない。
 教師陣でさえ、退く。
 かと言って冷酷無慈悲な剣士でもなく、けっこういい加減なトコロもあったりする男。
 普段はニヒルな笑みを浮かべ、テキパキと生徒会長を務める。
 世の中をなめきった言動と悟ったような老成ぶりとが相まって、誰もが彼を最強と認めていた。

 彼自身以外は。
 彼は貪欲に強さを追い続けていた。
 その情熱は誰が思うよりも激しく、その信念は誰が信じるよりも固い。
 我が身を滅ぼすことさえも厭わないほど、彼は強さを求めていた。




「……弱さを知れ、か」
 シャロンは愛刀の鞘を撫でながらフッと鼻で笑った。
 ゆるやかな曲線を描く、薄い片刃の刀。
 鞘を撫で、じっと前を見据えたまま、彼はそこに立っている。
 昼過ぎの気だるい午後。
 無表情なサングラスに映っているのは一軒の宿屋。
 気まぐれな風が、時折彼のスーツをひるがえした。

<校内ではシャロンに勝てる人間はいないかもしれないけど、世界は広いわよ>
 目的の場所を目の前にして、部下である後輩に言われた言葉を思い出す。
<私はあなたに勝てない。けれど、あなたも私には勝てない。それでいいわけ?>
 彼女はある意味校内で最高の防御力を誇っている。
 ありとあらゆる防御魔術・体術・理論を会得しつつあり……彼女は珍しく防御に固執した魔導師だった。
 彼女がシャロンに勝つことはないが、しかしシャロンもまた彼女の防御を破ったことがないのだ。
<私なんかに勝てなくて、いいわけ?>
 彼女がシャロンのためを思ってそう言っているのではないことくらいは分かっている。
 長年の付き合いだ。彼女の意図は読めている。
 彼女はただ単に彼を挑発しているだけなのだ。彼女の娯楽を作り出すために。
 案の定、彼女はコーヒーを煎れながら思わせぶりな口調でこちらを見てきたのだった。
<今この街に、あの剣士がきているそうよ。三闘鬼のひとり、史上最強の魔剣士。セーリャ=クルーズの再来って言われてるあの男がね。5年前の王都剣闘で並みいる強豪──シャロン、あなたの家、ストーン家出身の剣士様たちをも一瞬で潰したあの男……世界最強の剣士>
 そこまで褒め言葉を連ねなくてもいいだろうに、彼女は賛辞を惜しまない。

 世界最強の剣士・クェーサー=レッドスター。
 本名かどうかは分からないが、<あの男>はそう名乗っている。
 与えられた仕事は完璧にこなすという剣士。生きながらにしてすでに伝説と化している男。すべての者に恐れられる名。
 世界中から選りすぐられた王都の剣士──つまりストーン家の剣士も含まれる──などさえも、まるで相手にならなかったほどの力。
 滅多に表舞台には出てくることはなく、もはや世界に彼の恐れるものはないとさえ歌われた。

 王都は彼ひとりを恐れている。
 彼ならば、一瞬にして王都を潰すことも可能。それどころか世界を沈めることすらできるだろう。
 彼の首にかけられた賞金は破格だ。
 しかし、誰も手をださない。
 手をだせない。

<ま、私には関係ないんだけどね?>
 彼女はにっこり笑って、豊かなダークブラウンの髪をかきあげた。
 彼女の名はレベッカ=ジェラルディ。
 シャロン会長を会長とも思っていない、彼の忠実な(?)部下(?)である風紀委員長だ。疾風怒濤に暴走しまくる、生徒会のトラブルレディとも言う。
 彼女は言ったきり、もはや視線すら合わせてこなかった。



 そして今。
 シャロンは彼女の望みどおり、ヤツがいるという宿屋に足を踏み入れた。
──この男を超えなければ、オレは……

「お手合わせ願えるだろうか」
 宿屋の酒場には、その男ひとりしかいなかった。深い青の外套。猛禽類のような視線。長い漆黒の髪。
 男はただ一言だけ問うてきた。
「死ぬ覚悟は」
「──ある」
























──なんでだ……

 ……何故強さを求める?」
 男の問いが頭上に降る。が、シャロンには答えることができない。
 息が苦しい。
 溢れる鮮血が視界を覆い、男の姿さえ分からない。
 足は折れている。
 腕もザックリやられている。

──なんでだ!

「おまえは弱い」
 シャロンは必死で立ち上がろうとしたが全身に力が入らなかった。肩から脇腹への斜めに斬り裂かれた傷の痛みが、彼を侵食していく。紅く染まる床、吐き気すら起こさせる鉄の臭い。
──なんでだ!! なんで奴に一太刀も浴びせられない!

 沈んでゆく意識。
 湧き上がる闘志とは裏腹に、身体は刻々と死んでゆく。圧倒的な力の差を見せ付けられた。思い知らされてしまった。
 最速で師をも超えたと言われた彼が、目の前の男にかすり傷ひとつ負わせられなかった。
 強さに奢っていたつもりはないのだ。ずっと、この男を追ってきた。
 ずっと、更なる強さを追ってきた。

 だが。

──何が違う! こいつとオレとでは何が違う!

「何故強さを求める」
 同じ問い。
「……家に……潰される……」
 シャロンは力なく拳を握った。
 一言発する度に全身を激痛が苛む。しかし彼は続けた。
「家を超え…王都を超え……そうしなければオレは、潰される……」
──オレでなくなる。
「学校を守る…にも、……自分を…守るにも、オレには…強さが必要なん…だ……」
──あらゆるものと対抗できる力が欲しい
「叶わぬ夢だ。今すぐ捨てろ」
「捨て…ない」
「おまえ如きの剣では何も守れない。何も変えられない」
「…………」
「死ぬ覚悟はあっても、潰される覚悟はないのか」
「────!」
「潰されることを恐れて、強くなることをひたすら待っているのか?おまえは。振らぬ剣では何も斬れないぞ」
 男は返り血流れる自らの長剣をぴっと振った。
 途端、床が音を立てて裂ける。
「恐れることは必要。命は取り返しがつかぬ。だが──闘わねば強くはならない。強くなることを待つな。身に潰されるな」
「…………」
「受身の剣など持つな」

──受身の剣、ねぇ

 焦点の定まらないシャロンの瞳がゆっくり上を向いた。
 いつも冷たい霞がかかっているその双眸に、情熱の炎を燈して。
 彼は声にならない誓いをたてる。

──オレはいつかアンタを超える

「見ろ」
 男はそうつぶやいてシャロンを真っ直ぐ見下ろしてきた。
 揺ぎ無い視線。揺ぎ無い強さ。
 最強の剣士・クェーサー=レッドスター。
「見ろ。聞け。感じろ。研ぎ澄ませ」
 痛みと化した冷たい身体。響いた剣士の声だけがシャロンの脳裏に焼きつく。
「──おまえはまだ強くなる」

──強くなる。家を超える。王都を超える。いつかこの男を、倒す。
 もう待たない。
 闘う。

 視界が混濁し、男も消えた。
 意識も消え、彼のすべてが闇に落ちる。
 しかし、炎は消えない。
 奈落の底のような敗北の中にあってなお、彼の炎は消えない。



「気がつかれましたか?」
 まず見えたのは真っ白な天井。そして視線を動かせば、にっこり笑った看護婦さん。
「えぇ、まぁ」
 シャロンはため息まじりに肩をすくめた。いちいち聞かなくても分かる。ここは病院だ。頭、腕、胴、足。ミイラ男よろしく包帯がまかれている。
「誰がオレを運んできました?」
「女の子よ。運ばれてきたっていうより、あなた、ひきずられてきたんだけどね」
 どうやらその場面を思い出したらしく、彼女が思わず失笑する。
「瀕死の人をそんな風に扱うもんじゃないわって言ったら、“これくらいじゃ死にません”だって」
──レベッカ。あんのアホバカ魔女!
 彼は胸中で悪態をついた。
 天下の会長殿に向かってそんなことを言う女など、アレしかいない。
──というより、血だらけ傷だらけの人間をひきずるか? 普通。
 彼は苦虫を噛み潰しながら、ふと目にとまった枕もとの花を指差す。
「これは?」
「それもそのコが置いていったのよ。元から持ってたみたい。ちょっと病室には合わないわよね、深紅の薔薇っていうのは」
──用意がよろしいことで
「あ、あとね伝言があるわよ」
 そう言って看護婦さんが渡してくれた一枚の紙片。
“五連休は実家に帰って静養するので仕事はよろしく。 byレベッカ”
「……お前に静養の必要があるのか?」



THE END



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