冷笑主義 短編
作:荻野さん
吸血鬼ユニヴェール。知る魔物、聖職者が知る、有名吸血鬼。
悪名轟く、不滅の吸血鬼。
どんな煌びやかな、或いは、どんな不気味な形容詞でも似合うその人物は、パーテルのねぐらで、書物を片手に、形の良い眉を盛大に歪めていた。
彼の持つ本の題名は、”ユニヴェール家の顛末”。その本を書いた張本人である作家がユニヴェールの目の前で恐縮して縮こまって座っていた。
「あの、」
「……」
作家志望の若者が声をかけるが、ユニヴェールは聞こえていないのか知らん振り。表情を険しくして読み始めたのが三時間前。その間、若者が何度か声をかけても、吸血鬼は物言わぬ彫刻となっていた。
若者の前には、既に十杯目のお代わりの紅茶がカップに注がれている。
長時間の緊張状態に立たされている彼の額には汗がにじんでいた。部屋は暑くもないのに、吸血鬼と対面していて感じるのは寒気だけだろうに、作家志望の若者は暑そうに首元に手をかけていた。
それから数分後。メイドが十一杯目のお代わりを注ごうとしたとき、ユニヴェールが本を勢いよくバタン、と閉じた。
その音に若者はびくん、と震え、来たる批評に身構えるように姿勢を正す。
「……良く、書けている」
「本当ですか!」
若者はテーブルを叩き、勢い良く立ち上がる。しかし、次の吸血鬼の冷たい目線に、また萎縮して椅子に座りなおした。
「しかし、なんだね。私の話が売れるのかね」
何かが気に入らないのか、顔をしかめたままユニヴェールは足を組み直して言った。
「勿論です。何世紀と生きる吸血鬼の半生。クルースニクですら恐れおののく閣下の道筋ですから」
「……本当に良く書けている。何百年も前の話を、良くここまで忠実に描写できたものだ」
「それは強力な事情通に協力を得られたからです」
「パルティータ」
当然のように放たれる疑惑の呼び声。
「違います」
メイドは間髪いれずに答える。要らぬ冤罪のとき、彼女の返答はすばやい。
ユニヴェールが次の心当たりを言う前に、若者が先に答えを言った。
「デュランダルの皆さんから……」
「道理で悪印象な逸話ばかりなわけだ!くだらんことばかり覚えておって!……概ね、ソテールの話を聞いたんだろう」
「割と年少の方でした」
「……おそらく、情報源を辿っていけば、ヤツに違いない。怒りの矛先を間違えてはいない」
「それで!お願いなのですが、この本を出版させていただく許可をお願いしたいのです。それと、事実と違わない、という証文も出来れば……」
「却下だ。この本は燃やしてしまえ。違うのを書き直せ。……そうだな。題名は”クルースニクの明と暗”。私がデュランダルにいた頃の話をしてやろう」
「その本、どんなことが書いてあるんですか?」パルティータが机に置かれた本に手を伸ばす。しかし、機敏にユニヴェールは取り上げて、火のついた暖炉にくべてしまった。
「メモを取れ。あれは、私がまだ青い瞳をしていた頃の…… ! パルティータ!火掻き棒を突っ込むな!」
THE END
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掲示板にいただいた荻野さん作の冷笑主義短編です。
二次創作がオリジナルより面白いことは多々ありますが、こちらも例に漏れず爆笑してしまいました、私。
私には思いつかない他の視点で書かれた彼らはとても新鮮で、しかし確かに彼らであり、やみつきになりそうです、この楽しさ……!
荻野さん、ありがとうございました〜!!
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