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No10. ヒエラルキー



「えー、新しく暗黒都市の警備兵に登用された諸君、まずはおめでとう」
 大勢の新兵たちの憧れの眼差しがベリオールに注がれる。
 黒騎士の称号を得、女王近衛隊エクリプスに所属するウォルター・ド・ベリオールは、本来なら新兵たちが言葉を交わすことさえできないエリート中のエリートである。
「今日が始まりだ。日々鍛錬を積み、切磋琢磨し、武功を上げ、更なる上を目指してほしい。上にいる奴らを引きずりおろすくらいの野心を持て」
 気を付けの姿勢で前を向く彼らは、その言葉を神妙に聞き、噛み締める。
「諸君らにはまず、上司や重要人物について勉強をしてもらう。無礼ひとつで世界から消滅するかもしれねぇからな」
 ベリオールがぱちんと指を鳴らすと、黒子がふたり、ホワイトボードを押してきた。
 そこにはいくつかの人物画が貼られ、黒ペンで詳細な補足が書かれている。
 刑事ドラマによく出てくるアレである。
「えー、まず、女王陛下」
 ホワイトボードの頂点には、黒塗りに白字で「UNKNOWN」の紙。
「まぁお前たちが目にすることはほとんどないから割愛」
『…………』
「次、白狼。コレが女王近衛隊の隊長、及び暗黒都市の持つ軍の総隊長。まぁ、戦力部分のトップだな」
 女王の下、皆の目に映るのは、いかにも温和そうな好々爺。
「人の良いじいさんみたいな顔してやがるが、戦場じゃ敵味方区別なくぶった斬ってくるから気を付けるように」
『…………』
 新兵の三割くらいが引いた。
「で、次。アルビオレックス。コレが近衛隊の副隊長で、女王の侍従長官」
 白狼の真横、一見女性にも見える優男。
「侍従長官だけあって、細かい気配りがハンパない。だが神経質で執念深い上に空気を読まないで暴力に訴えるところがある。エサ持ってると襲ってくる白鳥みたいなもんだな」
『…………』
 新兵のプラス三割くらいが引いた。
 プラス一割は、ベリオールの上司を上司と思わない言動に引いていた。
 ベリオール自身の絵は白狼の下にあるのだ。
「あ、あのー」
 ひとりの勇気ある若者が手を挙げた。
「噂のユニヴェール卿は……」
「あぁ、あいつね。あいつはこれ」
 アルビオレックスから真横へ、不敵に笑む銀髪の吸血鬼を指す。
 侍従長官との関係線上には“仲悪い”と書いてあった。
「あいつの爵位は子爵だから、気を遣わなきゃならんほどの大御所というわけじゃない。だが怒らせると精神的ダメージを負わせる方向で報復してくるから、関わって休職に追い込まれる奴が多い」
『…………』
 新兵の二割くらいが引いた。
 このあたりで残った一割が将来の有望株である。
「すみません」
「なんだ」
「その女性の方は……」
 新兵のひとりが、無表情でこちらを凝視する黒髪の女の絵に首を傾げた。
 ベリオールがあぁと目を細める。
「パルティータ・インフィーネ。ユニヴェール家のメイドだ。ただの人間だが、精神的に不死身タフネスすぎて、相手をすると何故かこっちが敗北感を味わう。注意するように」
「ですが、」
「何か文句があるのか」
「いえ、あ、あの」
 その新兵は全員の疑問を代弁した。
「どうしてメイドのその方がユニヴェール卿よりも上に貼ってあるのですか?」
「どうしてって──」
 年季の入った肉食獣が朗らかに笑う。
「ユニヴェールよりも偉いからに決まってんじゃねぇか」


THE END



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