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No6. デキる男は準備から




 フォークがわずか皿にあたる高貴な音色。
 部屋に漂う甘い匂い。
「今日のはどんなモンでしょう」
 深紅のビロードに金の縁、豪奢なソファに身を投げ出し、ベリオールは天蓋の向こうに訊いた。
<上のフルーツと下のパイはそれぞれに美味え。だが、まとまりに欠ける>
「…………」
 かんばしくない返答に、彼は小さく天を仰いでから己の顔を撫でて再度訊く。
「昨日のガレット・デ・ロワと比べると?」
<あのアーモンドクリームの方が好きじゃ。しかしあれは生地がそこそこであったな>
 そこにいるはずの天蓋の中からではなく、何故か頭上から時雨のように静かに降る女王の声。
 しかしその内容は普段耳にするような暗示めいたものではなく、100%俗物的だ。
「“オベリオス”はどれもこれも中途半端かよ。ダメだな、土産にできねぇ」
 舌打ちして小声で吐き捨てると、
<誰ぞへの土産をわらわに選ばせているのか。いい度胸よの、ベリオール。しかし……確かにこの店は舌の肥えた者には不向きえ>
 地獄耳から同意される。
<それより。最近城下の東に出来た菓子屋が評判で、民が長い列をなしているそうじゃ。次はそこのを買ってまいれ>
「え? あぁ……はい。しかしそんなことをどこで?」
 女王から民と呼ばれる魔物たちはもちろんだが、城に仕える者であっても女王は決して身近な存在ではない。
 彼女は単なる為政者ではないのだ。
 決して玉座に在ることのない畏怖、それが暗黒都市の女王。
 だからこそ、菓子屋がどうたらなどという腑抜けた世間話をする者が自分の他にいるとは驚きだった。
<“白狼(はくろう)”がそう言っておった>
「総隊長が?」
<孫娘にねだられるらしいえ>
「…………」
 人目をはばからず大口を開けて笑う上司の顔を思い浮かべ、げんなりした。
 あの男ならば、ありうる。
<お前がわらわを懐柔して白狼の地位を奪おうとしていると吹聴する輩がいて困る、とも嘆いておったぞ>
「……まさか」
 ベリオールは牙ののぞく口端を吊り上げた。
「パイやガレットのひとつやふたつで懐柔できるような陛下ではないでしょうに」
<もらえるものは拒まぬが>
「……あ、そ」
 気を取り直して身体を起こし、足を組む。
「今、俺はユニヴェール家を任されています」
 伝達、交渉、監視。あの家は、暗黒都市の一部であってそうではない。
「陛下は、こんな大昔の格言をご存知ですか?」
 誰にとも無く彼は指を一本立てた。
「主を攻略するにはまずメイドから」


THE END


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