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No9. シャムシールの趣味



「シャムシールは学校へ行ったことがないのかい? 暗黒都市にだって魔物の子どもの通う学校くらいあるだろうに」
 勝手に押しかけてきて勝手にお茶を飲んでいるロートシルト卿が言った。
 フランベルジェ嬢は学校の先生をしてるんだろう? と加えて。
「学校なんて! あんなガキの集まるところイヤだね!」
 まさに吐き捨てる調子でシャムシールが応じた。
 少年は大人たちより下の目線になるのが気に入らないらしく、テーブルの上に絵版画を広げ、本人もテーブルの上に陣取っている。
「お前もガキだろうが」
 客人に背を向けて本を読んでいたユニヴェールがつぶやく。
「……紅茶投げるよ」
 少年の手が吸血鬼のティーカップに伸び、
「やめなさい。紅茶は投げるものじゃない」
 吸血鬼がその手の甲をはたく。
「──!」
 シャムシールがさらにむくれて空気を肺いっぱいに吸い込んだ時、
「絵が好きなら、描いてみたらどうなんだい? 先生についたことは?」
 空気を読まないロートシルトがのんびりと口を挟んだ。
「絵は描くよ。でも習ったことはない」
 吸い込んだ空気は深呼吸に使い、シャムシールが首を横に振る。
 するとロートシルトが大げさに手を広げた。
「もったいない! ユニヴェール卿は芸術には明るいでしょうに! 人脈もおありだし」
「ガキを預かってくれるような絵描きは知り合いにいなくてね」
「……紅茶投げるよ」
「その紅茶が化けて出ても一緒に寝てやらないからな」
「──!」
 振り上げた拳を振り上げたまま固まる少年を余所に、
「僕が紹介しましょうか! 知り合いに暗黒都市で絵を教えているのがいるんですよ!」
 ロートシルトが声をきらめかせる。
「子どもは外に出てやりたいことをやらなきゃ! 年中こんな埃っぽいところにこもってちゃダメですよ!」
「……埃っぽいところで申し訳ありませんねぇ」
 背後から響いたメイドの声に、今度は客人が固まった。


 数日後。


「これはユニヴェール様ね」
 シャムシールが暗黒都市の師匠のところへ通って描いたという絵が配られた。
 曰く、ユニヴェール家各人の肖像画である、と。
「これはパルティータ」
 メイドがありがたく受け取り目を落とすと、黒と白と灰色がマーブルになった中に「目」らしき断片、「手」らしき断片、歪んだ十字架らしきもの、鳥の羽を図式化したような黒の列、があった。
「……まぁ、ありがとう」
 言いながらユニヴェールを見ると、彼は彼で、もらった絵を遠くにやったり近くにもってきたりしながら凝視している。
「…………」
 黒と赤の幾何学模様に銀粉が散りばめられた己の肖像画を。
 そして青の魔女に最後の一枚が手渡される。
「これはフランベルジェね! まだまだ“心の眼”が磨かれてないからホンシツを捉えきれないんだけど、まぁ今はこんなもんかな」
 シャムシールが得意げな顔で胸を張る。
「あら、これをシャムシールが描いたの? すごいじゃない。先生についてちょこっと助言をもらうだけでこんなに上達するのねぇ!」
 このコメントはさすが教師職というべきか、しかし褒めまくる彼女が白目だったのをパルティータは見逃さなかった。
「私、こんなに綺麗にシャムシールの目に映ってるのね」
 彼女がテーブルに絵を広げた。
 ユニヴェールとパルティータはのぞきこむ。
『…………』
 確かに綺麗だ。
 濃淡様々な青が重ねられたキャンバス。
 氷の魔女にふさわしい、透明度の高い青の競演。
 だがいかんせん、これが「フランベルジェ」に見えるような高尚な感性の持ち主はここにはいない。
 これは、綺麗な氷の絵だ。
「ね、ねぇ、シャムシール。アスカロンの分もあるのかしら?」
「あるよ! ほら!」
 フランベルジェに応えて少年が元気よく取り出したのは、画面の端から端まで茶色一色に塗り潰された紙だった。
「それも素敵ねぇ!」「上出来だ」「すごく前衛的」
 感嘆を取り繕った全員が思った。
 これは──土の絵だ。


THE END



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