幻獣保護局 雪丸京介 番外編

「夢見る水晶玉」 

Life's but a walking shadow, a poor player.  ……?

 

この物語は、「茶房猫目石」志倉 浬さまの誕生日お祝い品として捧げさせていただきます。
……お祝いの品として内容があっているのかはともかく……
とりあえずこの番外編。時間軸的には本編第一話よりも前、ということになります。
霜夜のしゃべり方が本編と違うところに注目…?

 

 
 
 
「子どもたちからはバカにされるし、校長からは向いてないんじゃない?って
言われるし、同僚はみんな火の粉が移らないように知らん顔だし……」
 
涙さえ浮べた上目遣いで、すがりつくような視線をからめてくる男に、霜夜(そうや)
その怜悧な顔を少しだけ嫌そうに歪めた。
今日も彼はぱりっと黒スーツ。それも最高級品。
 
「なんでまた教師なんかに?あなた、役人試験受かってたんでしょう?」
 
「受かったんだけど……」
 
対して目の前のその男は、着ている服こそ霜夜と変わらず高級品だが、まったく
もって似合っていない。着ているのではなく、着てもらっている……まさにそんな状態。
彼は今こうして霜夜の前で愚痴をこぼしているのだが、服の方がどんなにか
愚痴を言いたいだろう。
 
めがねをかけていて、中肉中背、少々よれた平凡男。
どんな立派な小説家でさえ彼をそれ以上には表現できまい。
 
「受かったけど蹴ったんですね、寒月(かんづき)
 
「まぁ……そういうことなんだ……」
 
この寒月という男、霜夜の学校時代の友人である。
しかし片やノイローゼ気味の魔導教師代理、片や出世街道ひた走る魔導協会職員。
 
「なんでまたそんないい話を蹴ったんです?学校で教師代理をするよりも、
協会にいた方が給料もいいし世間の待遇もいい。何か特別な理由でも?」
 
突き放したような、冷たい物言いの霜夜だが、それはもう彼の生まれ持ったもの。
情けない筆跡の手紙を受け取り、嘆息しつつこうして彼の家を訪れているのだから、
そういちがいに非人情な奴とも言えないだろう。
 
「えぇと、教師になれって……」
 
「誰かに強要されたんですか?」
 
そのはっきりしない話し方にいささか苛立ち、霜夜は背筋を伸ばしてソファに座ったまま、
さっと足を組みかえる。
 
「強要って言うか……占い師さんに“教師殿”って呼ばれて……」
 
「はぁ?」
 
「いやね、よく当たるんだ、その占い師」
 
途端に寒月の目が輝いた。
 
「友人に勧められて何度か行っていたんだけど、ある時入ったらいきなり“お役人殿”って
呼ばれてね」
 
「…………」
 
奇妙にきらきらしている友から視線を外せど、その部屋はなんの見所もない客間。
ごく普通の壁かけ時計やらごく普通の火気のない暖炉があり、手元を見ても同様。
ごく普通の紅茶がごく普通のティーカップの中で揺れていて、テーブルも特筆すべきところはない。
 
唯一の救いを求めて窓を見れど、こことは別世界の輝ける日の世が拝めるそこには、
もうすでに先客が陣取っていた。
 
「……雪丸、失礼だから座っていなさい」
 
「ん?……あぁ、ごめんごめん。このさ、適当に草が生えていて、でも微妙に花壇が作ってある
あたりが僕の家の庭と似ててさ。親近感覚えてたんだよ」
 
言いながらぽふっとソファの端に座った彼の名は、雪丸京介。
とりあえず霜夜と同期の魔導協会職員である。
背丈も霜夜と同じくらいで、世間からきれいな顔だねと言われるところは一緒であるが、
その実ふたりは正反対。
ややクセっ毛君の黒髪に、愛嬌のある黒い双眸、優男泰然とした風貌にいつでものほほんと
笑みを浮べている雪丸京介。
 
雪丸の方が年上なのだが、いかんせん見た目ではどうやっても霜夜が上。
霜夜がキリリとした氷のやり手ならば、雪丸はぼけーっとした春陽気の不良役人なのだ。
 
 
そして、なぜその雪丸がここにいるかといえば──無論、勝手に付いて来たのである。
 
 
「そ、それで……、“お役人殿”って呼ばれた数日後、役人試験の合格通知が届いたんだよ!」
 
「それはつまり──、占い師の予言が当たった。そういうことですか?」
 
「そうとしか言えないだろう!」
 
今までの病人っぽい空気がガラリと変わり、霜夜の目の前の男は生気をみなぎらせて
熱っぽく語ってくる。
 
「そして彼女から“教師殿”って呼ばれたあと、魔導学校の校長から欠員が出たから
教師をやらないかって誘われたんだ! ほら、僕は学校時代から教師志望だっただろう?
教師にしとくにはもったいないって、無理矢理先生に役人試験受けさせられたけど」
 
「そういえばそうでしたね」
 
「僕は運命を感じたんだ!彼女が教師殿って予言をしたからには、僕は教師になるべき
なんだってさ!」
 
「それで教師に? 安直だなぁ〜……っッ!」
 
「でも教師は向いていないんじゃないか、自分のやるべき仕事ではないんじゃないか、と。
そういうわけですか?」
 
思いっきり他人事で笑い声をたてる雪丸の足を踏みつけ、霜夜は言った。
そして返ってきた寒月の声は陰気に逆戻り。
 
「そうなんだ。自分でも……教師には向いていないんじゃないかと思うよ。でも、占い師は
次に行った時言ったんだ。“いずれ教師の頂点に立つお方よ”って……」
 
「教師の頂点?」
 
雪丸がかくんと首を折る。
 
「校長を束ねる“大教師”ってやつのことでしょう。──ともかく、寒月。あなたは教師に
向いていないと思うけれど、でも“大教師”という予言が当たるならば辞めたくはない、と。
そういうわけですね」
 
何度も自分で話をまとめなくてはならないことに嫌気を感じつつ、霜夜はてきぱき嘆息。
 
「でも本当に当たるんだよ?僕だって教師になりたての頃はよく誉められたんだ。模範的な
先生だって……。それに南通りを歩けば幸せが手に入るって言われたその日、僕はまさに
南通りで妻と出会ったんだよ!?」
 
「──で……、寒月。具体的な相談事とは何でしょう?」
 
早婚の自慢ですか?などと皮肉に思いつつ、半分彼の語りは無視する形で霜夜は
目を細めた。凍てつく氷のような薄い青の瞳。
そして、それを気弱そうに見返しながら、それでいて深刻に沈んで、寒月が言葉を
押し出した。
 
 
「……霜夜。僕は……教師を続けるべきなのかな。それとも辞めるべきなのかな?」
 
 
 
ごんっ
 
 
 
まずその部屋に響いたのは雪丸がテーブルに額をぶつけた音だった。
 
「なんだい、そりゃあ」
 
素っ頓狂な声を上げて霜夜の隣りの優男は笑い出す。
 
「そんなこと、その素晴らしい占い師さんに聞けばいいじゃないか〜」
 
「聞けるわけがないじゃないですか……。向こうは教師を続ければやがて大教師に
なれるという予言をもうすでにしてくださっているんです。……どうしたらいいですか
なんてまるで、信用していないみたいに……思われてしまいます」
 
「信用してないんじゃん」
 
「──寒月。あなた、こういう話を知っていますか?」
 
「ん?」
 
「荒れ野で魔女に出会い、その予言によって身を滅ぼした将軍の話です。
まずは自らの領土で名を呼ばれ、次には他の領土で名を呼ばれ、最後には王と
呼ばれ……あげく、戦いの恩賞として魔女の予言した領土をもらったことにより、その
予言を信じてしまう。そして彼は自らの主である王までその手にかけてしまうのです」
 
「……王になるっていう予言も当たったってことだろう?」
 
「だが彼は、次なる魔女の予言で、更に手を朱に染めることになったのですよ。
そして最後には、復讐に燃えるものたちによって倒されてしまいます。『人の一生は
歩き回る影法師、哀れな役者にすぎない』という言葉を残して、ね」
 
「…………」
 
最初から最後まで、冷え冷えと明瞭な霜夜の物語だった。
怯えたような、あっけにとられたような表情で堅くなっている寒月に、彼はただ
いつものような真っ直ぐの視線を向けていた。
 
代わりに、砕けた道化師の物言いで、雪丸がしゃしゃり出る。
深くソファに身をうずめたまま、柔らかな笑みを顔に残したまま。
その様子はまるで教師が生徒に諭すが如く。
 
「予言に翻弄された人生は、上演されている演劇のように過ぎていくってことだよ、
寒月君。予言は始め、将軍の内にあった野望を燃え立たせる鍵となった。だが時が
経ち、事が進むにつれ──予言は彼の全てになっていった。分かるかい?将軍は
自らを生きず、予言に生きた。予言から与えられた役を演じ続けてね」
 
「……はぁ」
 
「寒月君。君は“ノルニル”を知っているかい?」
 
「あぁっと……いいえ」
 
ぼそぼそと口ごもる寒月をため息交じりで見つめた霜夜だったが、横の雪丸はまったく
苛立った素振りもない。
たぶん、寒月がそれを知っていようがいまいが、どうでもいいに違いない。
ただ、流れで聞いただけなのだ。
後先考えない。──そういう男だ。
 
「ノルニルとは仮借なしの運命を紡ぐ三人の女神。ひとりは過去のウルズ、ひとりは現在の
ヴェルザンディ、そしてもうひとりは未来のスクルド。彼女らの運命は絶対で、誰にも
変えることはできないんだ」
 
「じゃあやっぱり……」
 
「まぁ黙って聞きなさいよ、寒月君。だけどね、人間には彼女らの紡ぐ運命は見えない。
何故だか分かるかい?──僕らが運命というものは、すべて過去にあるからなんだよ。
過去……そう、僕らはすでに起こった事象としてしか運命を見ることはできないのさ」
 
「…………」
 
霜夜が見る限り、寒月は言葉の一片も理解している様子はない。
彼の顔にはそりゃもう明確に疑問符が張り付いている。
だが淀みない雪丸の台詞は、流れる如く部屋に響き渡り続けていった。
 
「未来の運命を見る者こそ預言者なんだって言いたいだろうけど、それは違う。
いくら未来視が予言をしたところで、その確証は誰にもない。過去の事実は万民が
認めるだろうけど、未来への予言を全ての人間が信じることはない。それが必ず起こるという
保障がないからね」
 
 
──そう。モノが違うのです
 
 
霜夜は胸中で付け加える。
 
 
──ノルニルが紡ぐ運命と、未来視が予言する運命。我々が知覚できる運命。
   格が……いや、運命という同じ言葉で括ることが愚かしいほど、次元が違うのです。
 
 
「未来視が見る事のできる未来っていうのは、数多ある未来のうちただひとつの道だけ。
そういうことなんだよ。たまたま見えた一本の道。未来の中のひとつの道。その道を示す
ことがすなわち“予言”。けれどねぇ、所詮予言とは、そこまでのものなんだよ。結局最後は
本人の選択次第ってわけさ」
 
雪丸が肩を揺らして楽しそうに笑った。
 
この男は、こういう小難しい観念的な話が大好きなのだ。
バカそうに見えて、しかし世界に叩きつける挑戦状をいくつも懐に忍ばせている。
のほほんと愛嬌をふりまきながら、相手に冷水を浴びせる瞬間を狙っている。
 
「未来ってのはすでに決まっていて、だけど未来ってのは君が選択しない限り決まらないんだよ」
 
雪丸は紅茶をひと口含み、意味ありげに口の端をつりあげた。
 
「ねぇ、寒月君。君は予言に遊ばれすぎなんだよ。お話に出てきた将軍サマみたいにね。
もしかしたら君、担がれてるのかもしれないねぇ」
 
「か、担がれて?」
 
イキナリ言った雪丸に、寒月がぎょっとした声をあげた。
霜夜も思わず横を振り向き、つり目な双眸をいつもより丸くする。
ふたりのその反応に喜んだのか、雪丸がニンマリと笑って立てた指をくるくる回した。
とっても得意げに。
 
「そうさー。占い師の予言を信じてることを利用されて、まずはどうしても君を欲しかった校長が
占い師に君が教師になる予言をさせる。──実際予言されただけで教師になるって決める
君もすごいと思うけど、作戦は成功だ。だが君はやがて少し考える。本当に教師に向いている
のかってね。そうしたら今度は君、“大教師”になれるって予言させたわけだ、校長は。
でもって君はまたまた信じて教職を続けた。……えらいもんだよねぇ、ほんとに。僕には
信じられないよ、まったくさ。──でも、次あたり行ったら“転職しなさい”って言われたりして」
 
くすくすと小さく笑い声をたてる彼には、まったく悪意はない。(と思う)
だがだからこそ、天使の仮面をかぶった悪魔。
そう評されるのにも合点がゆく。
 
霜夜は帰るために立ち上がって、そのガラス細工の目で寒月を見下ろす。
 
「私からも言いましょう、寒月。君は君の人生を予言に任せすぎです。少しは自分で考えなさい。
考えられぬ頭でもあるまいに」
 
「……そう、だな」
 
寒月は腰低く頭をかいて、ひたすら“迷惑かけたな”を連発している。
 
「雪丸帰りますよ、いつまでも紅茶飲んでいないで」
 
「はいはい」
 
この男はいちいち促さなければ、通常の人間と同じ行動を取ろうとしないのだ。
霜夜は余計に疲れを感じて我知らず遠い目をする。
が、すぐに顔を険しくした。
 
「寒月君」
 
突然、鬱々とした空気へ突き刺さる雪丸の声がしたからだ。
研ぎ澄まされた刃の切っ先。
 
だが、華やかに微笑んだままの優男から発せられた締めの台詞は、いつもどおりの
のほほん声。
 
 
「僕や君の庭みたいな人生って、けっこういいと思わない?」
 
 
 
 
 
 
◇  ◇  ◇  ◇  ◇
 
 
 
 
 
「ねぇ、霜夜、あの人どうした、あの……」
 
「寒月ですか?」
 
「そうそう、寒月君。占い屋行ったのかな?」
 
「行ったそうです」
 
「──ふ〜ん?」
 
「バッチリ言われたようですよ、“転職したらもっと上手くいく”ってね」
 
 
 
 
 
 
 
THE END
 
 
 
 
 
この番外編は「茶房猫目石」の志倉さまのお誕生日祝いですv
志倉さま、いらないとか言わないでくださいねー。全然お祝いなかんじではなくなってしまったのですが(汗)
 
− − − − − − −
 
本編よりも以前の雪丸ということで……。ってそれにしても彼、精神年齢低いのでないかい?
そして。本文内に出てくる説話はもちろん、シェークスピアの「マクベス」です。
知っている方はいいんですが、知らない方、あんなにテキト−に略していいモノではないので、
読みましょう(笑)
Life's but a walking shadow, a poor player.』(人の一生は歩き回る影法師、哀れな役者にすぎない)
も「マクベス」の有名な台詞です。

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