墓標

── 負けることに慣れたら、終わりだと思え ──






少年は、いつまで経ってもその場を動こうとしなかった。
彼はすでに風化したひとつの(むくろ)を前に、その横の地面に刺さった剣一本を見据えてじっと座っていた。

彼がそこに居座ってから季節はひとまわりして、二度目の春。
遠くに村を臨むその荒野にも、まばらに緑が芽吹き小さい黄色の花が揺れている。

しかしそんな風景とは裏腹に、剣と骸を睨みつける少年の目つきは衰えず、結んだ口は笑みを拒絶する。

自惚(うぬぼ)れてたんだ」

「…………」

少年の後ろに立っていた男は何も応えなかったが、それでも少年は続けた。

「すごいすごいと周りから言われて、その気になってた」

「……だから賊の言う条件を呑んだのか」

「俺なら出来ると思った。あの村を護れると、思った」

──だが結局、護れなかったのだ。

少年は知らず奥歯を噛みしめた。

村に現れた賊は、剣を振るって抗した少年と逃げ惑い捕えられた村人に余興を提案した。
少年と賊一団とで勝ち抜き戦を行おう、と。
少年が負けたら皆殺し。
だがもし少年が全員倒せたら、結果的に村は救われることになるわけだ。

村では剣において少年に勝てる者はいなかった。
時折立ち寄る冒険者や傭兵たちも、少年の力量に舌を巻いた。

勝てないはずがないと思っていた。

「三十人斬れれば上等だと思うがな」

「俺もそう思ったさ。最後のひとりに負ける時にな。これだけやったんだ、力を尽くして負けるんだ、仕方ない。おそらくみんなもそう思ってくれるだろう……って」

少年は立ち上がった。
黒髪が風に吹かれ、舞い上がった砂が足元の骸の上を飛んでゆく。

「戦わなければ良かったのかもしれないとも思った」

「…………」

「そんなゲームには手を出さないで、他の道を探せばよかったんだってな」

「方法によっては誰か生き残れたかもしれんな」

「精一杯やれることはやったから、負けたことには悔いが残らなかった。だが、初めから剣なんて取らなければ良かったと……後悔した」

少年は男を振り返った。

「確かにそれは事実だ。だが、そんなのは嘘なんだ」

「ほぅ?」

「ずっと考えて分かった。どれだけ力を尽くしたって、俺は負けたことそのものが許せないんだ。それに初めから負けを勘定に入れて逃げるなんて、それこそまた後悔する。なんで逃げたんだってな」

「もう一度戦いたいと思うか」

「思うね」

少年は即答した。

「今度は負けない。どれだけ力を尽くしても負けは負けだと俺は知った」

「恐くはないか。もう一度負けることが」

「恐いさ。この一年その恐怖と戦ってきたんだ。もう一度負けて誰かを傷つけるのが恐い。自分が傷つくのが恐い。それを慰めるために、“力を尽くしたんだから”なんて言いやがる自分がまた出てくるのが恐い。……だからここを一歩も動けなかった」

「それでも剣を取るか」

「あぁ。剣を取るのは恐い。負けるのは恐い。だがこの恐怖と一生戦う覚悟は出来た。俺は負けたままにはならない。もう二度と負けない」

少年は剣の(つか)を掴み、地面から引き抜いた。
鋭く一閃すれば、切っ先についた土が飛ぶ。

「では行くか」

「あぁ」

黒い衣装をひるがえした男の足音はしない。

「…………」

少年は付いて行きかけてふと立ち止まり、肩越しに後ろを見やった。

そこにあるのは一年間睨み続けた自らの骸と、大地に刺さる錆びた剣。
否、剣の骸。
剣の魂は手元にある。
そして自分も、ここにいる。

少年は眼光鋭くフッと笑った。
前を向いて、男の背を追いかける。




荒野には、まばらな緑と小さな黄色の花。
その中に転がる少年の骸と、傾き刺さる愛剣の骸。

剣の柄に巻かれた布きれが、乾いた風に吹かれてはためいた。






THE END



人物の描写がほとんどない話。……どんなもんでしょう?


Back   Novels   Home






Copyright(C)2003 Fuji-Kaori all rights reserved.