小ネタ集

「マスカレード・パーティ」

35000HIT 神妖羅聖様に捧ぐ




万聖節の前夜(ハローウィン)は、死者が墓から甦り、盛大な宴を催すのだという。
街から離れた場所にある墓地では、鬼火が揺らめき骸骨が踊る。悪戯好きの妖精が酒をもって集まり騒ぎ、魔女が一年で一番大きな集会を開く。

死者は語り合い、魔は笑う。

しかし、墓場以外にも人外魔境の集まる場所があった。

暗黒都市、ヴィス・スプランドゥール。
華麗なる悪徳の名を冠したその都市の中央には、赤い月にそびえる美麗な城がある。
繊細かつ強固なそれは、『魔』と呼ばれる者たち全ての憧れであり、終わりなき夜に君臨する崇拝そのもの。
そして上流の魔貴族たちはハロウィーンの夜、その城へと参上し、優雅な宴に興じるのだ。暗黒都市の女王陛下が主催する、仮面舞踏会(マスカレード・パーティ)に。





「これぞ享楽の極み」

仮面(マスク)の下でルナールは笑った。
会場のすみで白ワインを片手に料理をつつきながら、ホールの中央でクルクルまわるいくつもの華を見やる。
この日のためにと女たちがこぞって仕立てたドレスの群れ。ステンドグラスもかくやという宝玉の色彩が溢れ返り、けだるげな舞踏音楽にのせて華開く。
そして彼らみな美貌を仮面で隠しているものだから、どれが知り合いなのかも分からない。
個は甘い香りと無機質な仮面(ペルソナ)の中に溶け、名前を捨てた者たちが華麗な熱に浮かされる。


「パルティータ、向こうの方から白ワインと鳥サンを焼いたやつと木苺のジャムがのったケーキとなんか適当にみつくろって果物を持ってきてくれません?」

「…………」

いつものように灰色のメイド服を身に付けた──彼女もまた仮面をつけてはいるが──パルティータに用事を言いつけると、彼女は珍しく文句のひとつもなく一礼して指差されたテーブルの方へ行った。
ルナールはしばしそれを目で追っていたが、飽きて会場の中央へと視線を戻す。

それにしても、誰が誰か分からないというのは──妙な昂揚感を誘うものだ。
誰もが仮面の下に何かを隠していることは了解済み。
それでも上辺の言葉と美しさで、一時の恋を遊ぶ。
グラスを交わし、睦言を交わす。ステップを踏み、肩を寄せる。

「あぁ、ユニヴェール卿」

ルナールは視線の先に見覚えのある姿を認めてそちらへ歩んだ。

「…………」

だが声をかける前に(いぶか)しんで立ち止まる。
彼が声をかけようとした男は、彼の居候している屋敷の主だ。冷たい銀髪に物腰柔らかな長身、律儀に正装した黒衣。
主は、やや緋色がかった栗毛のワイン色ローブをまとった女を連れ、知り合いなのだろうか、別の男となにやら歓談していた。

それにしても会場そのものが無駄に豪奢で(きら)めいている分うまく紛れてはいるが、ずいぶんな絵図だ。

楽しげに語り合っている別の男とやらもタダ者ではないのである。
主が「吸血鬼」であり暗黒都市の番犬あるように、その男は「悪魔」で地獄の番人だ。
黒髪に長く高貴な軍服、これまたスラリとした強者で、さっきからいくつもの華にダンスを申し込まれている。普通は男から女に申し込むものなのだが……。

しかしルナールが首を傾げたのは、別に彼らが話していることがおかしいというわけではない。
主の様子がおかしいのだ。
いつものコミカルな空気が微塵もない。
どれだけ修羅場になろうとも、死の悲哀を語ってみようとも、必ず笑いの余地を持ってしまうあの主に、その気配がないのだ!

そしてあろうことか対する軍服の男が笑うたびに、その口端から鋭い牙がのぞく。あげく美麗で硬派だと名高いその悪魔にそこはかとなく漂う喜劇的な空気。


「…………」

ルナールは一団に背を向けてこめかみを押さえた。

「何? 仮面舞踏会ってのは仮面つけるだけじゃないんですか? 仮装大会なんですか? 悪魔がユニヴェール卿に化けていて、ユニヴェール卿が悪魔に化けているんですか?」

薄目を開けて会場を見回す。
さっきから見知った風な輩が何人かいたのだ。だが見かけと中身が全く違うのだとしたら──

「……妙に癒し系な空気をさせてるあのサングラス男は、シャロン・ストーンではないというわけで……」

顔をしかめたルナールの脳裏に、ひとりのヘラヘラした優男が横切る。

「じゃあもしかしてあれは」

ルナールは、菓子類のテーブルをうろうろしている、全身白い衣装の小柄な女を見やる。大きさがなんだか違うのでおかしいとは思っていたが、やはり本物のインペリアル・ローズではないということか。
それどころか、あの抑揚の欠片も感じられない雰囲気は、ルナールのよく知っている人間に悲しくなるほど近い。

「…………ということは」

嫌な冷や汗を背中に感じているところに、メイドが大きなトレイいっぱいの皿を持ち帰ってきた。
彼女は無言でルナールの前に素晴らしい料理の数々を並べていく。

その灰色メイドをよく見れば、確かに黒髪だがゆるくウェーブしている。
そしてなんというか──迫力があった。
パルティータ・インフィーネがいつも背後に隠している生気を全て全面に押し出した迫力とでもいうんだろうか。
槍でも持たせれば、どんなに多い敵軍へでも問答無用に斬り込んで踏み潰しそうな勢い。

「あ、あのぉ」

ルナールはあたりさわりのない笑顔を浮かべ、なるべくさりげなく訊いた。

お嬢さん(マドモワゼル)、お名前を伺ってもよろしいですか?」

「えぇ。私は──」

最後にずいっと手渡されたのは白ワインでなく、毒々しい赤い色をした得体の知れない飲み物。
メイドは口元だけにっこりさせてきた。

「レベッカ=ジェラルディと申します」

    




THE END

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あとがき
小ネタ集第二弾は、35000HITを踏んでくださった、神妖羅聖様からのリクエスト、「ハローウィンだよ、全員集合!」でした。  ……全員じゃねぇ。というつっこみは快く忘れてくだされば幸いです。(笑) ついでに、ハローウィンって大昔に過ぎたよ、という心休まるお言葉もいつの間にか忘れてくだされば幸いです。   すいません〜〜。
誰が誰の仮装をしているのかはなるべく分かるように描写したつもりなんですが、分かりましたでしょうか。
仮面舞踏会ってちょっと憧れです。
……羅聖様、こんなんで許していただけますかー!




執筆時BGM by Jennifer Lopez [Ain't It Funny]
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