the uncompleted legend
THE KEY

Discommunication

170000HIT 島富様に捧ぐ




世界はなんて、合理的に創られているのだろう。
人はなんて、不合理に出来ているのだろう。

けれどそうなったのはきっと、両者の力が強すぎて、両極でなければ釣り合いが取れなかったからに違いない。




◆  ◇  ◆  ◇  ◆




「お嬢さん、聞いてもいいか?」

「なんでしょう」

「どうして貴女の護衛がシャロンでなくてオレなのかねぇ?」

フェンネル=バレリーは前を向いたまま、横を歩く女に尋ねた。
芯のある金色をした髪を後ろで結い、令嬢然とした薄い紅のドレスをまとい、世話係なのだろう若い下男に日傘をかざしてもらって優雅に歩を進める女性。
風が吹くたびほのかな花の香が鼻腔をくすぐり、白いレースの手袋が陽光を反射して目に痛い。

「シャロンは王都で剣闘がありますから。出場そのものにはまだ日がありますが、あの方はストーン家のご嫡男。色々と面倒な挨拶まわりをしなければいなけないのですよ」

何に虚勢を張っているのか必要以上に背を伸ばして歩くその姿は──浮いていた。

レーテル魔導学校のお膝元、魔導都市レーテルの目抜き通りは、様々な暗色のローブをまとった魔導師が専門用語を口走りながら歩いている。
馬車で駆け抜ける商人も似たようなローブ姿で、荷台からは巨大な鳥の羽が何本も出ていたり、勝手気ままに歌う植物が幾鉢も乗せられていたり。
目に入る露店や店も、王都のそれとは異質な様相を呈し、一般人にはワケの分からない名称のものが高値で並ぶ。

剣家出身とはいえ、格式高い王都の深窓で育てられたカメーリア=カンシオン嬢にしてみればここは、自らの経験が全く通用しない脅威の都市なのかもしれない。
逆に、レーテル出身の魔導師は王都に入ると周りを威嚇しまくるようでもあるし。

「そうは言っても、友人の婚約者を連れて観光案内するってのはなかなか気が進まねぇんだが……」

フェンネルが斜に構えた狐目を細めて柳眉をひそめると、カメーリアの向こう側から冷たい声がした。

「ならば結構です。私ひとりでお嬢様を御護りしますから」

「…………」

日傘を持っていた若者だった。暑くなってきたこの時期に白いシャツをしっかり着、その上から若草色のベストを身につけ、……何故かこちらを睨んでいる。
いや、目つきは睨んでいないのだが、目の奥が睨んでいる。

「紹介が遅れました、こちらは私の身の回りの世話をしてくれるマーキスです」

若者が眼光を緩めぬまま軽く頭を下げてくる。

「我侭だというのは承知しています。けれど、シザース理事長への使いのついで、噂に名高い“未来視の砂時計”をぜひ見ておきたいのです」

カメーリアがこちらを見上げてきた。
薄い瞳だ。しかし語気は強い。

「理事長から聞いたが、貴女は狙われてるんだろ。王都とレーテル、両方の反乱分子に。そんな時に出歩くのはどうかと思うがね」

「だからお嬢様は貴方に護衛を頼んでいらっしゃるんです」

「…………」

フェンネルは半眼で若造を見下ろした。
大抵の輩はそれで逃げて行く。後輩はもちろん、上級生も一般人も、ほとんどが彼の斜めな視線を苦手とする。時として警備官に捕まり職務質問されそうになるくらいだ。
しかしそんな視線に貫かれても、マーキスの目は逸らされなかった。
──真摯だ。

フェンネルは黒ローブの下でわずかに肩を(すく)め、

「分かった。だが砂時計だけにしてもらうぜ」

指でクイッと“付いて来い”の合図を送る。

カメーリア=カンシオン。
レーテル魔導学校メディシスタ会長、シャロン=ストーンの婚約者。

「ありがとうございます」

彼女が小さく笑った。
ようやくマーキスの睨みが──解かれた。





◆  ◇  ◆  ◇  ◆





「“未来視の砂時計”。およそ四千年前に魔境の一郭(いっかく)でレーテルの学生が見つけた“世界の創造物”だ」

「本当に、存在していたんですね」

「“始まりの鍵”と違って、コイツには放浪癖がないみたいだからなァ。二千年前からずっとここにある」

黒いローブを羽織った悪人顔の魔剣士。
華やかなドレスで身を引き締めた玲瓏(れいろう)な令嬢。
そして身分の違いは明らかなれど、凛とした面差しの若者。

おかしな組み合わせの三人が立っているのは、レーテルの中心部にある学校直属の魔導遺物管理施設だった。
空気が冷たいのは、広いホールのほとんど──人が歩くための通路以外、流れ行く水で満たされているから。
“未来視の砂時計”
そう呼ばれる物のためだけに用意された完璧な空間だ。

ホールの真ん中に、それは安置されている。
ガラスとしか思えない水のヴェールに包まれて、静かに浮いている。
人の手の平に納まるほどのそれは、一見何の変哲もないただの砂時計だ。
幾重にも水の魔導を張り巡らして管理警備するほどのものには見えない。


「これは、世界が終わる時を示しているのだという話を聞いたことがあります」

青い色、そして水のせせらぎの中、じっと砂時計に見入っていたカメーリアがふと言ってくる。

「そういう学者もいるのは確かだな」

フェンネルは知らず己の鋭いあごをなぞっていた。

「砂時計の上にある砂。そこには、王都とレーテル、そして魔境を模したとしか思えない砂細工が乗っている。あと何年後かは知らないが、いずれそのふたつの砂細工も粉々になって下へと落ちて行くだろう。その時がこの世界の──シャントル=テアの終末なのだ! 顔に黒い影の落ちた学者はそろってそう言うぜ」

「貴方はそうではないと思っているんですか」

「砂時計ってのは全部砂が落ちたら、またひっくり返すもんだ」

「…………」

彼女がこちらを見、

「けれど……」

言いかけた。しかし言葉は飲み込まれ、視線は再び砂時計へと戻される。
フェンネルがマーキスを見やれば、若者は砂時計などには目もくれず、眼差しは物憂げな主だけに注がれているようだった。

「魔導理論の中に──【時の崩壊】ってヤツがあってな。まぁほとんどの魔導師が理解してねぇとは思うが……」

彼は説明しかけてそこで止めた。
眼の前に浮かぶ砂時計を見つめる。

“世界の創造物”
あのレベッカ=ジェラルディがひどく固執(こしつ)している“始まりの鍵”を筆頭に、世界には不可解なアイテムがいくつかある。なんとも曖昧なおとぎ話とも言える伝承と共に。
史書にも残らぬ古代の魔導師が創ったのだろうと言われてはいるが、近代の魔導師たちには扱い方はおろか、仕組みも目的も解明できない物だときている。
だから、魔導師たちはそれらを“世界の創造物”と呼ぶことにしたのだ。

この砂時計もそのひとつ。
何を意味しているのかも分からず、ひっくり返しても砂の落ちる方向は変わらず。
王都とレーテルが砂に飲み込まれてゆくのは止められず。

付いた名前が“未来視の砂時計”。
俗には終末時計とも言われている。
刻々と、未来視の見た終わりへ向かって時を刻む時計。


「魔導というのは世界の法則を知った上でそれを曲げる、あるいは模倣して何もないところに作り出す技術だ。だが時間というのは人間が創り出した概念であって、絶対的な法則じゃねぇ。どの時間を基準にするかで、遅いのか速いのか、過去なのか未来なのか、全てが変わる」

フェンネルは帯剣していた剣の柄をコツコツと叩きながら、

「細かいことを(はぶ)いて言えば、そういうわけで時間を操る魔導には、理論上必ずどこかの場面で矛盾、そして術の崩壊が起こる。それが【時の崩壊】現象だ」

カメーリアの横顔へと視線を移す。

「そこまでは分かりました」

「それなら話は簡単だ。この“未来視の砂時計”には、時を操る魔導が仕掛けられていると学者たちは言っている。砂が落ちるのは砂の重さのせいではなく、時間が流れるせいなんだ、ってな。分かりやすく言うと例えば── 一年で砂十粒落ちるように魔導が仕掛けられている、そういうことだ」

「はい」

「だが四千年もの間……本当はそれ以上だろうが、その魔導を実行し続けられるはずがねぇんだよ。理論の上じゃ、この砂時計に仕掛けられた魔導はとっくに時の崩壊を起こして消滅し、砂は砂の重さによって落ちてなきゃならねぇはずなんだ」

「……その魔導がまだ生き続けている?」

「そういうこった」

フェンネルは靴音を響かせて砂時計の前から離れた。

「終末を数えているから“世界の創造物”なわけじゃねぇ。それは、空想家の追加した“可能性”に過ぎない。この砂時計が“世界の創造物”なのは、魔導の理論を無視して存在しているから。それだけだ」

合理的に考えるなら、時が来て終わりならば砂時計など造る必要はないのだ。
砂時計は、時を区切る物でしかない。
始まりと終わり。そしてまた訪れる始まり。


「“世界の創造物”は、何のために創られたんでしょう?」

「さァな」

「私の家にも、ひとつあると言われています」

「──!?」

勢いよく振り返ると、マーキスの平らな顔が飛び込んできた。

「だからお嬢様が狙われているのです。お嬢様を誘拐し、身代金にソレを奪おうとしている王都の、レーテルの、不埒な輩がいるのですよ」

「……普通は公言しないもんだぜ」

「シャロンのためです」

またしても不意打ちでとんでもない発言が飛んでくる。

「…………」

フェンネルは黙ってカメーリアの言葉を待った。

「“世界の創造物”はストーン家にとっても奪い去りたいほどの品。私と彼との結婚が成立すれば、我がカンシオンの物はストーン家の物でもあることになるでしょう。──この機会、逃すような甘いストーン家ではありません。カンシオンがそんな物を持っているのだと知れば、なんとしてでも彼を王都に呼び戻し、私と結婚をさせるはず」

「それは──」

「彼は王都にいなくてはならない人なのです」

外見とは裏腹な、厳しい口調だった。
口を挟む隙がない。

「この砂時計が本当に未来視の物なのだとしたら、終わりは近いでしょう。王都もレーテルも息を潜めて動くときを待っているのではありませんか? その時、あの人は必要になる。王都にとってなくてはならない人になる」

「アンタはそのための道具かい?」

目を細めて鼻先で笑うと、案の定マーキスが噛み付いてくる。

「貴方言って良いことと悪いことが……」

しかしそれを遮ったのはカメーリアだった。

「それでも構いません」

「お嬢様!」

「私は、それがシャロンの進むべき道だと信じています。私は道具でも何でもいい」

「…………」

フェンネルはしばし斜め虚空へ視線をやり、

「それでアンタは幸せなのか?」

訊いてみる。

「はい」

やけにはっきりとしたそれは、偽り四割、真実六割、そんな解答だった。





涼しい回廊を抜け施設を出ると、途端強い陽射しに襲われる。
フェンネルは額に手をかざし、マーキスがサッと日傘を掲げ──。

「…………」

黒衣の魔剣士はそのままの姿勢で凍りついた。
チラリとカメーリアを見やれば、彼女もいささか目を丸くして同じ方向を見ている。
──なかったことには出来ないらしい。

「シャロン=ストーン」

三人の前を悠然と横切っていたのは、大きな紙袋を抱えたひとりの男だった。
黒髪長身、サングラス着用、ロングの黒スーツ。見間違うはずがない。

「てめェここで何してんだ、シャロン……」

地獄の名簿を読み上げるが如く、声が震えた。
だが相手はシャロンだ。哀しくなるくらいあっけらかんとした声音が返ってくる。

「あぁ、フェンネル。お前こそこんなところで何してるんだ? と──カメーリア?」

王都に出向いて挨拶回りしているはずの男が、何でここにいる。
レーテルの、雑々した通りに。

「てめェが今いなきゃなんねぇのは王都だろうが! 違うかコラ」

「レベッカが熱出してな、延期した」

「熱?」

「知恵熱。普段やらない勉強を昨夜死に物狂いでやったからだそーだ」

「…………。で、見舞いか」

「チーズケーキでも与えておこうと思ってな」

その言葉にフェンネルは紙袋の中をのぞき見る。
本体は入っていなさそうだった。

「まさか作るのか」

「おう」

「作れるのか」

「本も買った」

「あの馬鹿をこれ以上甘やかすんじゃねェよ!」

思わず怒鳴って紙袋をひったくる。リンゴがひとつ、転がり落ちた。
フェンネルは気にせず、シャロンに指をびしっと突きつける。

「テメェには他にやることがある。カメーリア嬢を学校の迎賓館(げいひんかん)へ送って来い。彼女が今どういう立場なのかは、お前なら知ってるんだろう?」

「…………」

シャロンの無表情な顔が、後ろにいる女性に向けられる。
サングラスのせいで何を思っているのかは知らないが、紡がれる声は余所行きのもの。

「貴女がわざわざここへ出向いて来るのは危険だから俺が使いをすると何度も言ったのに。理事長もカンシオンも一体何を考えている」

「──私が! 私が、行くと言ったんです」

カメーリアの両手は、ぎゅっと握られていた。
日傘の影にいるマーキス。うつむいた彼の顔に濃い斜影が差す。

「……“未来視の砂時計”を一度でいいから見てみたくて」

「そうか」

シャロンの嘆息は本当に小さかった。けれど、聞こえた。

「起こったことに何を言っても始まらない。送ろう」

シャロンの名誉のために言えば、彼はカメーリア個人に嘆息しているのではない。
スーツの裾を握り締めて離さない、“王都”に苛立っているのだ。
この令嬢を通して感じる緩やかで強固な束縛。それに対して真正面から抗い拒絶できない自身の性格。

シャロン=ストーンはいつからそれらに(さいな)まれているのだろう。
そして自らその苛立ちの的として立ったカメーリアは、いつからあの嘆息を聞き続けているのだろう。

「暴走魔導師は頼んだ」

「あいよ」

落ちたリンゴを拾いあげ、フェンネルは軽い返事を返す。

「ここまでありがとうございました」

律儀(りちぎ)にマーキスが頭を下げて礼を言ってくる。

「構わねェよ。気をつけてな」

手を振る気にはなれなかった。
彼はただ、口の端で笑った。




◆  ◇  ◆  ◇  ◆




ノックもせずに見慣れた狭い部屋の中へ入ってゆくと、窓際の寝台、すっぽりかぶられた毛布の隙間からダークブラウンの髪がのぞいていた。

「──熱が出るほど勉強したって? 何やってたんだ?」

紙袋をテーブルに置き、フェンネルは放り出されていた本のひとつを取り上げる。
ページをめくるまでもなくすぐに、くぐもった答えが返ってきた。

「……【時の崩壊】」

やけに時事的な単語に、彼は明後日に向かって苦笑する。

「の、何が分からねェんだよ」

「公式の意味からして分からないー。明後日試験なのに」

レベッカ=ジェラルディ。
この唯我独尊な魔導師でも、試験のために粉骨砕身勉強することがあるのかと思うと、無性に明るい笑いがこみあげてきた。

「何笑ってるの。頭の造りがどこかの会長様とは違うんだからしょうがないでしょ」

毛布からつんけんした顔が出てくる。

「万年首席には凡人の苦しみなんか一生分からないのよ。15点取らなきゃ追試、それにも通らなければ落第かもしれないんだから」

「15点くらい取れよ……」

うめきにも似たツッコミを無視し、レベッカがキョロキョロと辺りを見回す。

「……そういえば、シャロンはどこに行ったの?」

「カメーリア嬢を迎賓館へ送りに行ってるぜ」

「?」

「さっきまでオレが“未来視の砂時計”を見せてやりに行ってたんだが、帰る途中でアイツとバッタリ会ってな。丁度いいから送らせることにした」

「彼女、来てたの」

つぶやきと共にレベッカの顔が蒼ざめる。

「……あぁ、なんか悪い事したかもしれないわ。会長、私が熱だしたからレーテルに残ってたー、なんて真正直なこと言わなかったでしょうね」

フェンネルはわざと間を置き、ニヤリと笑う。

「言った」

「げ」






そしてやってくるおやつの時間。ホットレモンの甘酸っぱい匂いが部屋の中を漂っていた。

「そこが違う」

「…………」

頬杖を付いたまま指摘すると、心底憎たらしそうにレベッカの眉が寄せられる。
彼女が昼寝をして熱も下がったところで、フェンネルは家庭教師の(ムチ)を振るっていた。

「それだと基準が過去にあることだけしか計算されてねぇだろ。更に過去へ(さかのぼ)る魔導なんだから、その速度基準も計算しろよ」

「……式、ものすごく長くならない?」

「なる」

「…………」

無言で羊皮紙を睨んでいたレベッカだったが、何かをぽっきりとあきらめたのだろう。突然、すごい勢いでペンを走らせ始めた。
猛然と数字の羅列を連ねてゆく。

それをのんびりと見下ろし、フェンネルはホットレモンをすすった。
猫舌のレベッカにあわせたせいかやや冷めていて、不自然に濃い味が喉に残る。
彼は顔をしかめ、ごまかすように部屋の中を見回した。

整理されていないわけではないけれど、雑然とした印象を受ける部屋。
本棚の上、サイドテーブルの上、得体の知れない小物がたくさん並べてあるのが原因かもしれない。小物──彼女の、魔導発明品の数々。

その中に小さな砂時計を見つけて、フェンネルは我知らずため息をついていた。

「なぁ、レベッカ」

「ん」

「てめぇは、砂時計の砂が最後まで落ちたらどうする」

「…………」

彼女が顔を上げたのが視界の隅に映る。
フェンネルは砂時計を見つめたまま。

「ひっくり返すわよ」

砂時計。それが“未来視の砂時計”を指しているのだと、彼女だって分かっているはずだった。

「それが砂時計の役目でしょ。あんなやつ、それ以外にどう役立つっていうの」

「そうだよな」

砂が落ちきった、そこが終点であるはずがない。
それは悲観的な幻想でしかない。
だがそのために王都もレーテルも動こうとしているのか。
不合理だ。


「……邪魔して悪ィが、オレとお前は何年の付き合いになる?」

「二十年弱?」

答えた後も、魔導師は指を使って数え直している。
それをぼんやり眺めながら、フェンネルは更に問いを重ねた。

「その道が分かれることはあるか?」

レベッカが、羽ペンを紙から離す。
熱を出していたとは思えないほど強い目が、こちらを見る。

「私は護る者。貴方は戦う者。同じ方向を向くわけにはいかないでしょ? 貴方が前を向いていれば私は後ろを見る。貴方が後ろを向いていれば、私は前を見る。今は一緒でも、いつか──同じ景色は見られなくなる」

「戦う者と、戦う者ならどうだ?」

「いつか向き合って剣を構える」

逡巡(しゅんじゅん)なく、キッパリとした解答だった。
偽りはない。

「…………」

どう返したものか沈黙していると、

「ねぇ何故かしら。教科書の答えが出した答えと違うんだけど」

絶対に教科書が間違っているのだと言いたげな問いによって思考は止められた。

「…………」

フェンネルはめいっぱい数式が書き込まれている羊皮紙にさっと目を通し、

「ココとココとココが計算ミス。やり直せ!」

嫌悪で顔を歪ませている魔導師に突き返す。
ぱたむ。
音をたてて彼女がテーブルに突っ伏した。



机上の理論は容易い。
法則に従って言葉を並べてゆけば、数字をあてはめてゆけば、いつか答えに辿り着く。
誰も文句のつけようのない、未来視する必要もない完璧な未来に行き着く。
理解してさえいれば、迷うことなく躊躇(ためら)うことなく。

けれど、どうも人というのは合理的でない。
だから簡単な意思疎通もままならないのだ。
思っていることひとつ、そのままの形で伝えられないのだ。

けれどそれはきっと、合理的な世界に組み込まれないための唯一の逃げ道なのだろう。
己でさえどうすることもできない己ならば、世界が入り込む余地は無い。

それゆえ、人は時として不可解な行動をとるのだ。
終末ばかりを見、嘆息しながら道理に従い、手を触れることなく見守り続け、愛されたいという想いを押し殺す。



「レベッカ。ケーキ喰うか?」

思いつきで言うと、死んでいた魔導師がガバッと身を起こした。
目が輝いている。

「買ってきたの?」

「いや」

「?」

「オレが作る」





THE END

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言い訳という名のあとがき

こちらは、170000HITを踏んでくださった島富さまに捧げたいと思います。(大変遅くなりましたー;)
ご注文はフェンネル=バレリー。
…………。なんかもう最近謝っているばっかりで穴に入りたいです、すいません。フェンネル視点だけれどフェンネルの話じゃない……。こんなんでも許していただけますか? 頭のいいフェンネルを書きたかったんです。それだけなんです。
そしてこれは本編へ繋がっているというよりも、二部へ繋がっている物語かもしれません。
島富様、こんなのが出来上がりましたが、どうか許してやってくださいー。    不二






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