遥かなる奈落

123457HIT 高遠一馬様に捧ぐ





私の名は、氷雨(ひさめ)
この世の者ではない。
……といって、幽霊だの妖怪だのと言った大雑把なくくりをされては困る。

私は由緒正しき式鬼(しき)なのだ。
そう、私自身は小娘の姿をしているとはいえ、由緒正しい。
山椒(さんしょう)は小粒でもピリリと辛いというように、人を見かけで判断してはいけない。小娘だろうが澄ました日本人形だろうが可愛げのないガキだろうが、私は式鬼である。
ただし飼い主はあまり由緒正しくないが。

私の飼い主は生まれ持った力ゆえに退魔師なんてことをしているが、名家出身というわけではなく、その実力だけでのしあがってきた“野良”だ。
おまけに副業として高校教師なんてものをしていて、何が楽しいんだか知らないが、ロクに生きてもいないクセにいっぱしの口だけはきく愚か者ども(高校生)に向かって、数字の羅列を教えているらしい。

……らしいというのは、あの男、学校には私を連れて行ってくれないのだ。


今日もアイツは私を置いて行った。
元教え子が病気で危篤だとかで、見舞いに行ったのだ。
“病院は生死が渦巻く。高校は不安定な精神が集まる。そんなところではお前さん、不用意に何かを乱しかねないんだよ”──彼はそう言っていた。


その理屈は分かる。
外見は見目麗しい少女でも、飼い主以上の年月は生きている(?)のだ、聞き分けくらいある。
だが……だからと言って、“寂しいだろうから”なんて手前勝手な理由をつけて私をガキどもに預けるのはやめていただきたい。





◆  ◇  ◆  ◇  ◆





「なぁ戒斗、頼みがあるんだけど」

がやがやと、疲れるほどの活気が溢れる大学の昼休み。
三百人ほどが収容できる大教室。
前に座った男がくるりとこちらを振り返るや否や、そう言った。

「いきなりだなぁ、本条」

私の横で、おっとりした青年──戸籍に記された名は、(おおとり) 戒斗(かいと)──がつまんだ巻き寿司を空中で止め、笑う。

「お昼くらい食べさせてよ」

「だって普通の奴に相談したってラチがあかねぇんだもん」

独断と偏見で言えば、好きなスポーツはテニス、優柔不断がたまに傷だが困ってる人を見るとついつい助けちゃったり相談にのっちゃったり。家に菓子折りを届けられると逆にすいませんすいませんと謝るタイプ。
一般的水準よりは上の位置でモテる。

「なっ、頼む」

そんな男が両手をあわせて戒斗を拝んでいた。

「兄さん、どうする?」

戒斗が横に声をかける。
そこに座っているのは、顔も背格好も戒斗と瓜二つ、車雑誌に目を落としながら茶をすする、戒斗2号。──否、戒斗の兄。
大抵の教師や友人は兄と弟の区別をつけられないが、その予防策として彼らは銀色のリングをはめている。右の中指は兄。左の中指は弟。

「話くらい聞いとけ」

紙面から目を離しもせず、兄。
答案用紙に書く名は、(おおとり) 速斗(はやと)という。

ふたりは長身痩躯、世醒(よざ)めた相貌の双子で、全体的におっとりはしているのだが、いかんせん目立つ。ましてふたりともアッチの世界が見えることを隠しもしないとくれば、有名にならないわけがない。“鳳兄弟”といえば、まぁ同学年半分くらいの人間は知っているだろう。
“幽霊騒動はあいつらに持っていけ”、と。


それでも、そんなギャラリーの大半……おそらく全員が、鳳家の何たるかを知らない。
あまりにも栄えすぎ、他の呪術家一丸から嫉妬と羨望の呪いを受けたこと。
その呪いゆえにもう、断絶寸前であること。

知らなくたって単位はもらえるし、就職に困るわけでもないのだ。
わざわざ他人の領域に踏み込んでいこうという人間なんて、今時そうはいないだろう。
日本史だって天下の安倍晴明でさえ出てくるか出てこないかの瀬戸際なのに、鳳家なんて裏舞台が触れられるはずもなく。


「さすがお兄様、話が分かる」

本条がばちんっと手を鳴らし、双子兄を盛大に拝む。
そして有無を言わさず勝手にしゃべり始めた。

「それがよ、一ヶ月前くらいにウチのアパートの近く──高鳥屋の裏を歩いてたらさ、電柱のところに供えられた花がカラッカラに枯れてたんだよな。たぶん事故現場なんだろうけど。で、なんか可哀相に思って新しい花を生けてやったんだが、それから変なんだよ〜〜、祟られてるっつーのかね?」

眉を寄せて首を傾げる若者の姿は、どうも深刻そうに見えない。

「花が枯れてたから新しい花を供える。赤の他人のお前が?」

醤油に寿司を転がして、戒斗が揶揄(やゆ)するように訊き返した。
だが本条は気を悪くした様子もなく、

「俺、お前たち双子ほどじゃないけど、ほんの時々見えたりするんだよ、アッチの人。だからあんまり放っとけないっつーか……家の近くだしな、そのままにしといたら悪霊とかになって事故多発地帯になるかもしれないだろ」

“悪霊”

その言葉に速斗が新車性能比較記事を追う目を一瞬止めた。
しかしすぐ視線は流れる。

「お前、イイ奴だね」

戒斗が笑った。

「そうかな」

本条も照れ笑いを浮かべる。
しかしそれもすぐに陰ってしまったが。

「お前にイイ奴って言われるとなんか嬉しいんだけどさぁ、でも向こうの人はそう思ってくれてないみたいなんだよなぁ」

「祟られてるって?」

「俺がっていうより周りが、なんだけど。サークルの飲み会に行くってんでバスに乗ったら事故ったり、試合でペア組んだ子が帰ってから急に高熱出したり、一番ひどいのは佐伯(さえき)でさ、事故にあうわボヤだすわ……」

「佐伯さんって本条の彼女だったよね」

挟まれた口調は何気なかったが、戒斗の目の奥には別の光があった。
速斗の耳もこちらに向いている。
もはや雑誌を読んでなどいない。彼の意識は本条の語りに集中しているのだ。
私には、分かる。

「そう、もう付き合って一年になるか〜。あいつはアッチの世界なんて全然感知しない人間だから、“この頃ついてなくてー”なんて悠長なこと言ってるけどな……」

「──お前は見たのか?」

わざと冷たく抑えられた戒斗の声音。
本条の顔も知らず強張る。

「見た」

「何を」

「女だ。佐伯のボヤ騒ぎで駆けつけた後、家に帰る途中の夜道だった。ホントにふと見たカーブミラーに映ってたんだよ。知らない女が」

「…………」

「そいつは言ったんだ。“渡さない”って。声で聞こえたわけじゃなかったと思うけど、でも確かにそう言ったんだ」

「“渡さない”」

戒斗がカッパ巻きを見つめてつぶやいた。

「怖くなって路地をのぞき込んだんだけど、やっぱり誰もいなかった。あの女、アッチの人間だったんだよ」

「アッチの奴等は人間とは言わないな」

音を立てて雑誌を閉じた速斗が、きっぱりと言う。
私はその澄ました顔をねめつける。
だが彼は涼しく知らんふり。
その攻防を見て見ぬふりした戒斗が軽く考え込み、

「渡さないって、やっぱり──」

言いかけると、いきなり本条が身を乗り出した。

「枯れた花、そんなに大事だったんかな。恋人とかが供えたやつだったんかな。まずいよ、あれ捨てちゃったよ。渡さないって言われても、もう焼却炉ん中で灰になっちゃって返せねぇよ、どうしようどうしようどうしよう」

「……お前馬鹿?」

戒斗が興ざめした眼差しを友に突き刺す。

「渡さないって、お前を佐伯さんに渡さないって意味だよ。本条、お前の分不相応な優しさに幽霊が恋をしたんだ」

「……へ」

本条は初めて気がついたという顔でぽかんと口を開けている。
恋、だって。
幽霊が人間に、恋。
モテる男はつらいものだ。

「恋は盲目。私に優しくしてくれたあの人を、あんな女なんかに渡さない──、その幽霊、あと一歩で“悪霊”だ」

速斗が組んだ足を楽しそうにぷらぷら揺らす。
私は再び睨みつけたが、効果なし。

「……分かった本条。なんとかしてみようじゃないか」

横ではすでに弟君が愛想のよい返事をしていた。

「ホントかーーー! サンキュー戒斗、とお兄様。恩に着る。……で、代償は?」

「今度何かおごってよ」

「そんなんでいいのか!?」

鳳兄弟はビジネスで幽霊事を片付けるというのも有名。
本条はおそらく法外な金額を言い渡されると思っていたのだろう。……普段はそれで間違いない。
しかし、今回は別だ。

「いいんだよ、相殺だから」

「はぁ?」

「だ・か・ら。いいんだって。任せておけって」

「あ、あぁ」

じゃあ頼むな、そうもう一度拝んでから、彼は大教室を出て行った。
他愛のない会話の不毛地帯を抜け、閉ざされた空間どうしの合い間を縫い、彼の鮮やかなTシャツは廊下に消えていった。
若者はついに私の存在に気付かぬまま。


「……氷雨ちゃん、センセに告げ口するなよ」

戒斗が小声で私を見下ろしてきた。
菊が描かれた赤い着物に身を包む、小娘の私を。
彼らふたり以外、このざわついた教室の中誰にも見えてないこの私を。

「センセは正義のお節介だから、」

「すぐ俺たちの邪魔をする」

戒斗が遠くへ視線を移し、速斗が継いだ。

「ベルサリウスも腹が減ってきた頃だ」

双子の兄は自分に言い聞かせるように言い、傍らに伏せている白い大型犬の頭を撫ぜる。
気持ちよさそうにされるがままになっているのは、流れるようなフォルムの ──ボルゾイというあの美しい犬種に近い── 妖しの犬。

それこそが鳳家という名家に課せられた呪いであり、腹が減れば無意識に双子の霊気を、……そして生命そのものを喰らう犬。



かつて鳳家は呪術家として栄え過ぎた。
他の呪術家はそれを羨み、妬み、手を組んで鳳家に呪いをかけた。
かの家を断絶させるべく、跡取となる子ども達を夭逝(ようせい)させる呪いを。

それが妖犬。兄弟の父が家族の証として与えた名が、ベルサリウス。

この犬は鳳の家に憑き、腹がすけば子供たちの霊気を、そして命を喰らう。食べた分だけ彼は強力な妖獣となってゆく。
もちろん、代々の当主たちはベルサリウスから逃れるべく、様々に試みた。だが、誰ひとりとして逃れられなかった。皆、30を数えず世を去った。
しかし双子の父親は更に若くして倒れた。
ベルサリウスが強大になり過ぎたのだ。
年月を経て薄まってゆく鳳の血に比べ、代々の力を蓄積してゆく呪いの妖犬。

弱冠に達したばかりの双子が抗することは容易でない。
だからこそ彼らは頭を使って先手を打った。
ベルサリウスが自分たちの霊気だけでなく、幽霊や悪霊までをペロリと食べることを発見したのだ。
それから、ビジネスで引き受けた“悪霊”関連は、全てベルサリウスのエサとして狩っている。
少しでも、自らの命を延ばすべく。



「センセーには、今回も邪魔させない」

囁きに近い戒斗の断言は、しかし何よりも堅かった。

「こっちは命がけなんだから」



戒斗が“センセー”と呼ぶ私の飼い主は退魔師だけれども、悪霊や妖を一掃するのが好きではない。彼は、どんな者であれ救おうとするのだ。今では天然記念物モノな正義漢なのかもしれない。

一方、この双子は自らの命を繋ぐため、悪霊を妖犬ベルサリウスのエサにしている。この犬の腹がいっぱいならば、彼らの命が食われることはないのだから、合理的だ。
それに片っ端からその辺の霊を食わせればいいものを、わざわざ“悪霊”に限定しているあたり案外優しいのだろう。

だが、私の飼い主はそれさえも看過(かんか)できない度量の小さい男なのだ。
“助けてやればもう一度やり直せるが、食わせたらもう終わりだろう”、彼はそう言って、彼らと悪霊との間に立つ。
彼らの“狩り”の邪魔をする。

そこまで執着するには何か理由があるのかもしれない。だが私が彼のために封印から目覚めさせられたのは彼の青年時代。私は何も知らない。
知ろうともしていない。
彼が話さないから。



「戒斗のの友人殿に一方的に惚れたその幽霊は、嫉妬でそのうち悪霊になる。そうしたらベルサリウス、」

『ご飯の時間だ』

全く同じ顔が、異口同音に言った。
醒めた目で、薄い笑みを浮かべて。

前の授業の板書がそのまま残っている黒板を見つめ。
何も知らぬ者たちの喧騒の中。





◆  ◇  ◆  ◇  ◆





──四日後の夜。


「……何でだ?」

速斗のつぶやきがコンクリートに落ちる。

だが、そう言いたいのは私の方だった。
私の飼い主は一向に私を引き取りに来ない。
連絡のひとつもなく、引き取りにくる気配の欠片もない。

もう四日になる!
四日間速斗と一緒に佐伯という女を見張り続け、鉄骨が振ってきたり、自動車が突っ込んできたり、ベランダの柵が折れたりするのを目撃した。
四日も! 放り出されている!

……もしかして病院に見舞いなんてのは嘘で、私はあんまり口ウルサイもんだからこの双子に売り払われたんだろうか。

「何でこれだけやって悪霊にならない」

そんな私の苦悩をよそに、速斗が眉根を引き寄せた。
階段から落ちてきた佐伯とかいう女性を抱え、彼は上方──踊り場を凝視する。
ベルサリウスが数段駆け上がって、吠えた。

「何が(かせ)だ!」

メゾンなんとかというありふれた名前の学生アパート。
その階段の踊り場から、虚ろな目をした女が立ちこちらを見下ろしてくる。
一見すれば普通の女の子だ。
ざんばら髪ではないし、目の下に過剰なクマもない。没個性の白装束なんかではなく、でもやっぱり没個性的などこかの高校制服。

この何でもない、街に出れば“人波”に埋没してしまうような彼女が、本条の彼女である佐伯サンを今、階段から落とした。
彼女がふっと手を前につきだすと、佐伯サンは簡単に落ちた。
それこそ、袋から押し出されてしまった赤いリンゴの如く。

本条に了解をとってストーカーの如くはりついていた速斗が助けたため、救急車の出動は免れたが……。

「明らかに殺そうとしているのに、何故お前は悪霊にならない」

<…………>

彼女は、気絶している佐伯サンと自分を睨んでいる速斗をただじっと見下ろしている。
白い顔の中の茶色い双眸は、何も言わない。
霧がかったその奥には、怒りも悲しみも迷いも憎しみも、なかった。
眉だけがひそめられていた。

その目がふとふたりから逸らされ、私に向く。
私は、見返した。

<…………>

<…………>


突然、彼女の姿の向こう側に景色が見えた。荒涼な、景色が。おそらく彼女が今までいたのだろう場所の、景色が。

行き交う車に人の群れ。
明滅する信号と、鼓膜をゆさぶるクラクション。不規則に規則的な靴音。咳き込むような廃棄ガスの臭いと、エンジン音。
声をかけてくれる者はおろか、立ち止まる者も、視線をこちらに向ける者さえいない。
忘却か、あるいは無視、か。
どちらにしろ眼の前を通り過ぎて行く彼らは、巨大なシステムの歯車となって機械的に足を進めてゆくだけ。

“私はここにいるのに”

景色の中の彼女が言った。

ここにいるのに、誰も気付いてくれないの。
迎えにきてくれないの。
思い出してもくれないのよ。

その景色には色彩がなかった。
そこは、声の届かない灰色の世界だった。



「やはりお前には誰かがついてるな」

薄い瞳で彼女を睨みつけたまま、速斗が苦々しく吐き捨てた。
ベルサリウスも未だ喉奥で唸っている。

<誰かがついてる?>

私が問うと、ようやく双子の片割れは幽霊から視線を外した。

「間違いない」

言い切り私を振り返ったその端正な顔に、私は少しだけのけぞってしまう。

眼の前にいるのは速斗だと分かっている。分かっているけれど、彼はあまりにも戒斗に似すぎていた。
量産コピーじゃないんだから……。

ふたりとも目は二重、声質もほぼ同じ、健康診断をすれば身長体重視力に血圧、出される数値がほぼ一緒。黒髪のはね具合も、一歩の歩幅も、フッと笑う口端の角度さえも同じ。

違うのは成績と運転技術くらいのものだろう。

そんなアイデンティティ欠乏状態の中でよく生きてこられたものだ、そう周りがつぶやいているのを彼らは知っているだろうか。
彼らは仲の良いフリをした、“仮面の双子”だろうよ、と言われていることも。

事実、そんな陰口を言われるほどに彼らは、互いに対する劣情や優越を見せたことがなかった。
それぞれが別の行動をとっていても、それは結局二人共の利益に帰結した。
人懐こい性格から戒斗の方が友人は多かったが、そこからの話や噂は全て速斗に流れて速斗が利用計画を立てていた。

二日前、様子を聞きにきた本条が、頬杖をついてしみじみ言った言葉を私は忘れない。

“お前たちって、ふたりいるけどひとりの人間みたいだよな。ふたりでひとつの個。ふたつでひとつのアイデンティティ”



「間違いない。ずっと疑ってたが……あの女を悪霊にしないように、護ってる奴がいる。大抵は親族か恋人やなんかの祈りの念なんだけどな。厄介だ」

速斗の押し殺した声には、微量の焦燥が混じっていた。

「事故にあわせる、熱を出させる、火事を起こそうとする、鉄骨を落とす、階段から落とす……悪戯なんかで済む範囲じゃないだろう。あの女は確実に佐伯を殺そうとしている。なのに、あの女はいつでも最後の最後で殺意を捨てる。我を失って修羅に──悪霊になる一歩手前で足を止める」

彼が再び目をやった踊り場には、もう誰もいなかった。
無言の空間を照らし、黄色がかった蛍光灯がチカチカと瞬いている。

「誰かがあの女を呼び止めている。悪霊にならないように。憎しみで我を忘れないように。そうでなきゃあり得ないんだ、こんなことは」

最後は独り言だった。
安っぽい蛍光灯の光を受け、地面に(にじ)む鳳の暗影。

栄華を極めた彼の先祖たちは、末裔のこの姿を予見することはあっただろうか。
人々の羨望や嫉妬が、末裔を足元から喰らうなどと、思っていただろうか。


「早くしろ、戒斗」

速斗が小さく怒鳴り、時を移さず携帯が鳴った。

「──どうだった」

口早に訊く兄とは対照的に、電話の向こうの声は重い。

《兄さんに言われたとおり、彼女のことを想って祈ってる人を探してみたんだけど──親族は駄目だね。全滅》

「……全員死んでるのか?」

《いや、死んじゃいないけどね。……なんていうか、彼女が死んだって誰も悲しんじゃないってことだよ》

「…………」

ポーカーフェイスな速斗が、ほんの少しだけ顔をしかめた。

《彼女の両親は彼女が亡くなる数年前に双方の浮気が原因で離婚してる。彼女は母親に引き取られて──父親の消息までは分からなかったけど……》

「素人探偵がそこまで出来るとは思っちゃいない」

《母親には新しい恋人がいたらしいんだけど、その男が連れ子である彼女を丸っきり無視してたらしいんだよ。そのうえ男の親は今時珍しく厳格で、子供がいるような女とは結婚させるわけにはいかないって言ってたらしくて》

「邪魔だったわけか」

《そーゆーこと》

電話の向こうで戒斗がカラカラと笑った。ひどく乾いた笑い声。
それがご機嫌斜めの証なのだと知っている人間は、少ない。

《母親は男に捨てられたくない一心。男は優等生な彼女が気に入らない。結婚できないのは彼女がいるから。それがかつてのご近所さんたちから集めたあの家の状況》

<もしかして──>

彼女は事故じゃなくて殺さ……

私が速斗のジャケットの裾を引っ張ると、頭にぽんと彼の手がのる。

「母親方の祖父母は」

《離婚騒動の前に亡くなってる。彼女自身のお墓に行ってみたけどね、荒れてたよ。数年誰も行ってないみたいだ》

「……じゃあ一体誰だ? あの女を悪霊にさせまいと頑張ってる邪魔者は」

《それがね、ひとり出てきた。彼女の幼馴染》

「幼馴染?」

《そう。聞く人聞く人みんな言うんだ。“美菜穂ちゃん”は可哀相だったけれど、“雅人君”がホントによく慰めていてね、って。ふたりは幼稚園の頃から一緒で、家どうしの付き合いは皆無だったみたいだけど、“雅人君”ってのが彼女の用心棒か騎士みたいな奴だったらしい》

「……そいつの祈りが今でも死んだ彼女を護ってる、と」

《可能性は高いよ。彼女──天城(あまぎ)美菜穂が引越してからは行き来がなくなっていたみたいだけどね。雅人君が……よく考えると僕らより年上のはずか……日高(ひだか)雅人(まさと)がそのすぐ後、病気で入院したこともあって》

戒斗が隔てられた向こう側で言葉を切った。
速斗が目を細めて口を結ぶ。

《でもね兄さん、どうしよう。彼のそばには──センセーがいる》

「?」

古凰(こおう)センセが今見舞いに行ってる危篤の元教え子っていうのが、彼──日高雅人なんだよ》

「…………」






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