THE KEY Short Story

「そしてを知る



イーサ=レオリオは、疎まれていた。

彼は王都屈指の調停官であり、また同時に並ぶ者無き美の持ち主である。
与えられた仕事で期待に背いたことなどあるわけもなく、彼の物憂げな眼差しで射られた者はしばし口をきけなくなる。その姿は輪郭なき幻影の如く人々の心にわだかまる。

けれども彼は、誰にも歓迎されぬ身であった。
王都は彼の故郷でなく、王都は彼の帰る場所でない。
……世界に彼の帰るべき場所などどこにも、ない。


かと言って、一般に思われるような扱いを受けているわけでもなかった。
面と向って彼に敵対する輩はいないし、謗り
(そしり)嘲る輩もいない。
失脚させようと企む奴もいなければ、恨みつらみで命を狙ってくる奴もいない。

結局。彼はいつでも独りだった。
王宮の人々は彼を避け、貴族もまた彼には近寄らない。王でさえも、彼には極力会わないようにと逃げるのである。
傾国の美でありながら、密かに心を砕いてくれる女もいない。それどころか、誰も視線すら合わせようとしないほど。

召喚士としても魔導師としても一流で通るレオリオが、何故辺境の地へと出向いてゴタゴタ事を片付ける『調停官』などという地位にいるのか。
後宮に住まういずれ劣らぬ美姫よりも観賞に値するこの男が、何故王都から遠ざけられるのか。

口に出す者はいない。だが、知らない者もいない。
彼は──。





◆  ◇  ◆  ◇  ◆





蒼みがかった銀の長髪に、物言わぬ金と青、色違いの双眸。
雪のような白皙と、嘆息しか生まないとみえる薄い口元。長椅子に腰を落とす穏かな痩身。
そしてそれを守るのは、身分相応しき白絹の召喚装束。

「──いっそのこと全て壊してしまおうか」

虚ろな声音で、何度同じことをつぶやいただろう。
彼は短く息をついて再び煙草を燻
(くゆ)らせた。
紫煙が、淡い紫色をした夜空に流れる。

「ねぇ?」

視線の先に相手となるべき人間はいなかった。
意志薄弱に漂う瞳に映るのは、古から静けさ変わらぬ夜。
吐息と共に漏らす煙をからめ去ってゆく、夜。

(あで)やかな俗世界からは切り離されたバルコニー。幅広く造られ、談笑用にと長椅子がよっつも置かれているそこには、しかし彼ただひとりしかいなかった。
背後のホールからは、途切れることのない音楽と人々の歓声が嫌と言うほど聞こえてくる。
浮かれた貴族たちが酒を酌み交わし、笑い声を響かせている。
だがそこには彼しかいない。


イーサ=レオリオ。
無敗の調停官。美貌の人。孤独の士。

今日は──第二王女の生誕祭だった。



もちろんイーサ=レオリオは形だけ呼ばれたのだ。そして形だけ出席している。
時折ありもしない忠心を装って、仕方なしに挨拶やら食事の誘いやらをしてくる部下もいるが──目が泳ぐ様、引き腰を見るにつけ、彼は優しく追い払っていた。



「無駄だよ。全部無駄だ」

足を組み、虚無の微笑をたたえた口端で煙草を咥える。

「王女の生誕祭? ……それが一体何のためになる? 誰のためになる? この分の食事を貧しい者に分けてやった方がよっぽど実利的だよ」

言葉は流れ行く。

「いつでも世界は危機にある。僕はいつ気まぐれを起こすかしれない。始まりの鍵は──世界はいつ終止符を打とうとするか、しれない」

彼は、右目へ……もとは蒼眸、今は金色、無意識に手をやった。

「歯車は進むだけで戻りはしない。僕を侵食してゆく黒い影は、広がるばかりで消えはしない」

声に出して自らへと言い聞かせなければ、憎悪という名のその影は、隙を見て彼を喰い尽くそうとしていた。
理性を頑強なる砦としなければ、調停官イーサ=レオリオという存在を維持できなかった。

「残された道はふたつ。鍵を壊して世界を守るか、鍵など放って世界ごと壊すか」

使命は前者。
望みは後者。

「…………」

考えることすら面倒くさいというように、彼は大きく紫煙を吐き出した。
華の狂乱を遠く余所に、レオリオは目を閉じて、深く椅子へと身を沈める。
と、見計らったようにふたりの男がバルコニーへと出てきた。

「……ほぅ?」

普段なら俗物のひとりやふたりの行動など蚊ほどにも思わないのだが── 一応誰なのかを確認するにつけ、彼は微かな感嘆を上げる。
世捨て人同然な彼が、興味を覚えたのだ。
蒼い左目を薄く開け、素知らぬふりをして会話を盗み聞く。


「お前、レベッカをパシリに使うなんていい度胸してるな」

「オレだって好きであいつを指名したわけじゃねぇよ。……マグダレーナは今日一緒に連れてこなきゃならなかったし副会長は風邪だし仕方ねぇからテメェんトコのハイネスにしようとしたがあいつ雲隠れしてるしで、不幸な事にあの極悪魔導師しかいなかったんだよ連絡つく奴が。しかもあいつ何故か今日中にここへ着く範囲のベラドアの街にいやがった」

「不幸だな」

「悲劇だ」


向こうはこちらの顔を知らないだろうが、レオリオは向こうを知っている。
背が高く、やけに老成した男はシャロン=ストーン。
口が悪く、斜に構えた男はフェンネル=バレリー。
例えれば氷と炎のように相反したこのふたり組は、かのレーテル魔導学校の双璧を成す会長殿である。
おそらくシャロン=ストーンは家の関係で呼ばれ、フェンネル=バレリーは学校の関係で呼ばれているのだろう。


「……昼間決闘やって剣折ったから、新しい剣を持って来いって伝令魔術で頼んだんだろう? あいつ何て言ってた?」

「それがまた末恐ろしいことに“分かった”ってそれしか返って来なかったんだ!」

「……それは末期症状だな」

「あぁオレもそう思う」

そして──彼らは黙り込む。

白い欄干にタキシードの身体を預け、ふたりして遥か遠くを臨む。
城を囲む木々は夜に染まった空を背景に黒い影となり、その向こうには王都の灯が時折ちらついていた。
見渡す限り地平まで広がる世界の中枢都市。
最大権力の膝元に謳歌を極める平和都市。
誰もが未だその栄華の続くことを疑わない。世界は淡々と時を刻んでいると信じて疑わない。

「──どれがテメェのお相手
(婚約者)だ?」

ふいにガラの悪い男が身体を反転させ、ホールを視線で指した。
問われて堅物も渋々ホールへ目を移す。

「……あれだな。今こっちに気付いて歩いて来る女
(ひと)だ」

「淡い紅色のドレス着たお嬢さん?」

面白半分な目つきをしているフェンネル=バレリーに、シャロン=ストーンが軽くうなづいて肯定する。

「名前は?」

「カメーリア=カンシオン」

「気立てのよさそうな嬢ちゃんじゃねぇか。優しそうだがか弱いってわけでもなさそうだ」

「剣家の娘だからな」

「どこぞの支離滅裂な魔導師とは大違いだァな」

「あれは規格外だろう」

「それをあいつの前で堂々と言えるか? シャロンさんよ」

「まさか」

と、

「──シャロン」

先程まで話題の渦中にいた娘までもが、バルコニーへとやってきた。
霞みかかった金髪で、薄い茶色の虹彩をしている、カメーリア=カンシオン。
王都に住むシャロン=ストーンの婚約者である。

「そちらは、フェンネル=バレリー様?」

すらりとした細身の身体に合わず、実にしっかりした声音。
ツンツン頭の男が恭しく胸に手をやり、気取って微笑んだ。

「いかにも私、フェンネル=バレリーと申します。以後お見知りおきを」

「では調度よろしかったですわ。給仕がやって参りまして伝言を頼みたいと。レベッカ=ジェラルディという方がお見えになって取り次ぎを頼んでいらっしゃるそうですの。なんだか問題があって、門から中へ入れないからフェンネル様自ら来られたし……と」

聞くや否や、呼び出しを受けた当人が叫ぶ。

「あいつは問題ナシに出現できねぇのか!?」

「行くのか?」

「行かなかったら殺されるだろうが」


バタバタとそれはそれは慌
(あわただ)しく三人はホールへ戻って行った。
再びバルコニーには静寂が沈殿し、

「面白そうだね。──問題って何だろう」

ふとつぶやいたレオリオの瞳に、誰にも分からぬほど僅かな微笑がよぎった。
美しき死人の顔に生者の色彩が灯る。

「こんな馬鹿騒ぎよりも見る価値はあるだろうよ。きっとね」

やはり返す者のいない中、男は優雅に立ち上がった。
高貴な香が彼の滑らかな動きを追い、衣擦れの音もそれに続く。

天からも地からも見放された美神。
どこを見つめ、何を映しているのか分からぬ双眸。
金と蒼の宝石で飾った如く透明で、無機質な眼差し。

彼がホールへと一歩足を踏み入れれば、短くて長い一瞬、冷や水を浴びせたような静寂が通り過ぎて行った。
自慢話もおべっか合戦も、愛の睦言も戯れの言葉遊びも、全て途切れる僅かな間。
しかしその不自然をないものとして、誰も気付かぬフリをして、皆は宴を無理矢理再開演じた。

「……大変だねぇ」

彼は流れる歩みを止めぬまま、新しい煙草を取り出し火をつけた。






◆  ◇  ◆  ◇  ◆





「どこまで愚かなの! 至急火急緊急! 大事な用なのよ!」

女が口調だけ激して衛兵を罵倒していた。
二輪馬車に乗っているその女──緩くウェーブしたダークブラウンの髪に、深紅の立派なドレスをまとい──おそらくレベッカ=ジェラルディという名のその女は、『魔女』相応しい形相をしてこちらを見下ろしている。
眉を吊り上げ、無駄に輝く瞳で威嚇。怒鳴りとは別の凶悪な笑み。

無論騒ぎになったら面倒なので、レオリオは木々の陰にいた。
どうやら城に不慣れなあの三人はまだここへ至っていない模様。

「私はレーテル理事長ディネロ=シザースの使いで来たのだとさっきから言っているでしょう。然るべき人間に会わせてもらわねばね?」

「このような祝いの日にレーテルの犬を入れるわけにはいかん!」

「もう三匹入っているでしょうが! マグダレーナ=ミリオン、シャロン=ストーン、フェンネル=バレリー!」

「マグダレーナ嬢は貴族名家。シャロン=ストーン殿は剣家の名門、フェンネル=バレリー殿はレーテル代表。各人には招待状も届けられている。貴様のような下賎とは違うのだ!」

厳格にはねつけているあの中年男もまた、レオリオの顔見知りだった。衛兵隊の隊長。もう勤続20年にもなるだろうか。

「王の御言葉なのだぞ! 今日は誰も例外は通さぬ!」

「例外のないルールはないのですよ。次々と起こる事態について一言の命令で済まそうだなんて、王都の底も上げ底プリンより浅いものなんですねぇ?」

幅広で武骨な大男が、あまりの言い様に言葉を失った。顔色をも一緒に失くし──活火山の如く一気に赤く染まる。が、

「──レベッカ!」

衛兵隊長の機先を制して、城の方から声がした。
夜陰の向こうから現れるふたりの男とひとりの女。彼らがようやく到着したのだ。
声に気付きその姿を認めたか、女の顔がふと平素に戻った。薄気味悪い笑みが消え、ちょっとした呆れの色が取って代わる。

「フェンネル、頼まれものは持ってきたわよ、これ」

馬上のレベッカ=ジェラルディは単調に言うと、細長い布包みを無造作に投げた。
綺麗な弧を描いて落下したそれをフェンネル=バレリーが受け取れば、彼女の標的はすでに衛兵隊長へと向いている。

「王都はそんなにも落ちぶれたのですね。レーテルの下賎を恐れなければならないほどに」

射るように含みを持った彼女の目が、笑った。
可笑しくてたまらないといった様子で、笑っていた。

「……しかしどうしても入れてもらえないというのなら、しょうがない。引き下がりましょう。別に私が理事長に怒られるわけではありませんしね」

月を背負って逆光になった彼女だが、その壮絶な笑みだけは誰もに見えていた。

「私を入れるか入れないか、これは私が決めることではないでしょう。──王都が決めることであると理事長も言うでしょうし……、高貴な人の祝い日に武力を行使するほど私も野暮ではないつもりです」

だが、その笑みの意味を解する者はいなかった。
レオリオにも分りかねた。
カメーリアを従えたシャロン=ストーンは傍観者を主張するように眉ひとつ動かさず、ただフェンネル=バレリーの訝る鋭い視線が闇を裂く。

「ならばさっさと立ち去り願おう」

激怒を押し殺した、最後通牒。
純然たる敵意。
紅の魔導師が頑固な衛兵隊長を見下ろし、乾いた吐息を漏らした。

「そうします。明日の授業にも出なければならないですから」

そして彼女は隣りに座った御者に合図をし──

「あぁ、そうだ」

思い出したように声音を変える。

「今日ここに呼ばれたレーテルの人間……」

シャロン=ストーン、フェンネル=バレリー。そしてオマケでカメーリア=カンシオンをそれぞれゆっくり見やり、

「もし何かあったら私は容赦しませんよ? おそらくシザース理事長も」

言った。

「容赦しない?」

しかし揶揄
(やゆ)するような大男の嘲笑が、間髪入れずに跳ね返る。

「はん、レーテルに何が出来る? 所詮は魔導師の成り損ないだろうが。こちらはな、精鋭の魔導師に精鋭の召喚士、精鋭の剣士団に膨大な王国軍。正面からだろうが奇襲を受けようが、レーテルなどひねり潰してやろう」

さすが場数を踏んだ武人である。脅しの口上も板につきセンスがない。

「そっちから手出しをしてくれるならば、レーテルを完全に葬るよい口実となるだろう」

だがその言葉は事実であり、世界全てを戦火で包みかねない大戦を予期するものでもある。
王都対レーテル。
平和を装う世界の下で静かに刃を突き合わせる二強。
どちらかが勝ってどちらかが負けた時、そこにもはや世界は残っていないかもしれない。

「サービスです。ためになることをひとつ教えて差し上げましょう」

魔導師が、真っ平らな顔で朗々と告げてくる。

「例え王都がどれだけの軍勢を持っていようと、力があろうと。レーテルの人間をひとりも殺せなければ、そちらに勝ちはあり得えませんよ」

「…………」

彼女の言葉を理解しようと、近衛隊長は苦渋の顔をして沈黙する。

レベッカ=ジェラルディの紡ぐ予言。
凍れる氷槍を内に携え、触れられぬ炎でそれを隠し。

「王都はレーテルの人間誰ひとり殺せないのです。誰ひとり、ね」

ハッタリか?
それとも──本気か?

「レーテルは勝たねぇ。だが、負けもしねぇ」

レオリオの疑問に、フェンネル=バレリーのささやかなる呟きが答えてきた。
張り詰めた緊張を楽しむような彼の黒曜眼の奥にもまた、測り知れぬ深淵。

「防御の化けモン飼ってんだもんなァ? 負けることだけは絶対にあり得ねぇ」

断言だった。
躊躇いのない断言だった。
何故そこまで強く言い切ることができる? 絶対という言葉の愚かしさを知っているだろうレーテルの魔剣士が、確信を持ち敢えて使うなど……。

レオリオは気だるげな美を陰に隠したまま、馬上の魔導師を見上げた。

何処から見ても、ただの娘だ。勝気なだけの女魔導師。
そのうえ彼女は偽りだらけなのだ。
彼女は──レベッカ=ジェラルディはオペラ座で魔導師の役を演じている者なのだ。
存在そのものが演じられている。
が、かといって本当の彼女などが裏にあるのだとも思えない。
偽りであって、しかし真実。

「お互い干渉をしないのが、最も労力を空費しない賢い方法でしょうね」

お騒がせ魔導師が意味深げに微笑した。
そして彼女は今度こそ馬車を出す。

「それではごきげんよう」

やたらと明るい捨て台詞を残して。


レーテルの使者は門も通れず追い払われたのだ。
王都は、学生とはいえ理事長の代理でやってきた使者を、正当な理由を持ってして突っぱねたのだ。
それは王都の権力を更に知らしめ、地位の上下を世に見せ付ける結果となった。
王都とレーテルの従属関係をはっきりと示すこととなった。




──いや。そうなるはずだった。




「あぁぁぁ、なんということを」

「あの姑息な狐め」

「おかしいと思ったのだ。しかしここまで卑劣な手を使ってくるとは」

「抗議すべきだろう」

「だがどうやって。愚か卑怯極まりないが、落ち度もない」

『…………』


後日。
王都の一部上層は慌てふためき唾を飛ばしあいながら口論を重ねていた。
レーテルの使者を門前払い喰わしたという些細だったが名誉な事件の、重大な欠陥が明らかになったのである。
レーテルの頭痛種とも噂される魔導師レベッカ=ジェラルディ。あの夜彼女が持っていた書簡は、前々から王都がレーテルに圧力をかけていた『魔導学校全権委任』──あまりにも不意打ちなその返答であったというのだ。
内容は『承諾』。
しかし王を始め王都の者は微塵の予測もせずに追い返してしまったというわけである。
レーテルを穏便に踏み潰す唯一の方法を、自ら意気揚々と逃した。

レーテル理事長のディネロ=シザースは嘲笑混じりの流麗な書をよこし、

『せっかく無理難題に対して全面承諾という苦渋の決断をしたのに突っ返すとは甚だ遺憾である。
こちらは尽くせる限りの誠意を見せたのであって明らかに全ての責任はそちらにある。
今回の対応は、王都にレーテルの権限を引き継ぐ意志はないものとみなし、今後権限委任の話し合いの席にレーテルは上らぬ事、お伝えする。』

と言ってきた。

本当に「全権委任承諾」の使者であったのかどうかは証拠がない。
だがシザースが先手を打ってそう言った以上、嘘だろうとは言えないのだ。
王都は力を見せ付けていい気になっていたがしかし、一瞬の隙をついて大きく深く斬り返されてしまったのである。


王都、レーテル。どちらにも信頼厚いシャロン=ストーンではなく。
正式な使者として申し分なき地位にあるフェンネル=バレリーでもなく。
ひたすら高飛車な庶民出のレベッカ=ジェラルディに世界を動かす紙切れを託す。
そしてあのキレ者ディネロ=シザースの考えることである。
彼女が門前払いを受けることもきっと計画のうちだっただろう。いや──彼女自身それを知っていたのではあるまいか?

だからこそ強硬には乗り込まず、嫌味を連ねるだけで踵
(きびす)を返した。
闇の中で見たあの笑みは、おそらく高らかな哄笑
(こうしょう)であったのだ。
浅薄な輩への、未来起こるであろう焦燥に満ちたこの会議への──哄笑。


冷や汗、言い訳飛び交う重役会議。白皙の調停官は一番隅の席でやる気なげに煙草を咥え、

「レベッカ=ジェラルディ……随分な役者だねぇ」

幽美な視線を遥か遠く、レーテルへと馳せる。


白と黒。色なき彼の世界に現れた、紅の魔導師。
虚無に抱かれ、滅することだけをひたすら夢見た彼を目覚めさせた。
途切れることのないだろう憂鬱と絶望に、ひとつの区切りが見えた。

──王都はレーテルの人間誰ひとり殺せないのです。誰ひとり、ね

聞いたことがある。
ディネロ=シザースは偉大なる魔導師であると同時に、防御にも同等の力を注いだ者であった、と。彼女はそのことを指して言ったのか、それとも……。

「いずれにしろ、彼女には一度正式に会ってみたいものだよ」

誰にも聞こえぬ吐息で彼は囁いた。
そして、金色と蒼色。ふぞろいな双眸が鬼気迫る色で虚空を睨む。
煙る煙草を挟んだ白い手が、静かに強く握られる。


死が近づいても構わない。世界に終焉の幕が降りようとも構わない。

知らぬ間に侵食を続ける黒い闇から、この身を放てるのなら。
安息の存在しない虚構から、この身を放てるのなら。


救いか破壊か、答えが出るのなら。





イーサ=レオリオ。
王都に暗殺されし比類なき才の召喚士。
魔王をその身に飼いて甦りし復讐の闇。

彼が彼女と言葉を交わすのは、もうしばらく先のこととなる──。






THE END


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