幻獣保護局 雪丸京介 第11話 後編

「古き竜/エインシャントドラゴン」




「腹が減っては戦ができぬってね」

昔、荒れ狂う竜が木を焼き尽くしたのだという山道。
ごろごろと大小様々な岩が転がっている悪路を上へと歩きながら、雪丸が楽しげに歌った。

「あそこ正解だったね。オムライスもクリームソーダもおいしかった。クリームソーダは『ピヨリ』に負けるけど」

──ピヨリ。
それは、雪丸の勤務本拠地である魔導協会近くに存在するカフェの名前である。味よく値段もお手ごろなので、あの辺りの魔術師はかなり世話になるのだ。
あげく雪丸は店員にも顔を知られた常連客であるらしい。


「愛着のある方に点数が甘くなるんだろ。それよりも雪丸、今回は竜を保護するって言ってたよな?」

「うん、言った」

脊椎反射のような答えに顔をしかめつつ、

「竜って保護する必要あるのか?」

少年は斜め上を見上げる。

「あんな強くて賢いもん、“保護”か?」

「お前さんだって強くて賢いはずなんだけどねェ?」

蒼空を背景にニヤついてくる雪丸。嫌味なコトこの上ない。

「うるさいな」

「そういうトコロが子どもっぽいんだよね、お前さんは」

声をあげて優男が笑う。標高が高くなって温度の下がった風が、彼のコートを舞い上げた。足元の小さな白い花が揺れる。

「保護するのは協会が決めたことだよ。古き竜は数が少ないから。でもどこの竜を保護するのかは、ずっと前に僕が意見書を出した。強引に通した」

そして言葉を探すように間が空き──、苦笑まじりの声が続く。

「何て言うのかな。少し、気に入らないなと思ったんだよね」

「何が」

「進歩がないんだ、全然。英雄に安住してる。いけなくはないけど、どうもね」

「誰が」

「フリート」

ドラゴンスレイヤー。
雪丸の言っていることを全面的に肯定すれば、虚ろな英雄。

「……いけないこと……じゃないのか? みんなを騙すってことは。竜を倒してもいないのに、英雄扱いなんてさ」

「問題はもっと奥なんだよ、シムルグ。仮面を被り続けていることが問題なんだ。自分を守ろうとして逆に失ってる」

「仮面? 英雄の仮面?」

「違う」

そうとだけ言い置いて、雪丸が立ち止まった。


辿り付いたそこには、岩壁にあく大きな洞穴。
先の見えない暗闇の奥から、いっそう冷たく湿った風が吹き出し頬をなでてゆく。
シムルグは無意識に両腕を抱えた。
寒かったからではない。
そこに探していた相手を見つけたからだ。

ふたりが探していた相手。雪丸が保護すべき相手。
それは雪丸はおろかシムルグよりも──あるいは魔導協会などというものよりも昔、創世の時代から命を永らえ続けているのかもしれない、太古の智者。

竜を思い描く誰もの想像を決して裏切ることのない姿が、洞穴の前にいた。
岩と変わらぬ色をした巨躯
(きょく)、はばたけば空を覆わんばかりの翼。
もたげた頭には、悠然とこちらを見下ろす金色の目。縦に一本細く刻まれた黒い瞳が、種の違いを明らかにする。

世界の翁
(おきな)。万物の祖父。


“人間が一匹、鳥の王が一羽。……何用か”


──エインシャント・ドラゴン。古き竜。





◆  ◇  ◆  ◇  ◆






“我を滅ぼしに来たか?”

頭上に降ってくる声は空気を震わせてはいないように思われた。
直接、身体の内側から響いてくる。

「あなたを協会にお連れします」

雪丸が長身をそらせて上を見上げた。

「エインシャント・ドラゴンの知恵は、年々失われつつあります。竜を退治することを生業とした者達が増えたこともあって。ですから、失礼ながら魔導協会が保護します。……協会は御存知で?」

“知っている。アルバドフは我が友であった”

「アルバドフ=レインダー。三代目の総裁ですか」

“さよう”

竜の目が細まる。
大したことを言っているわけではないのに、言葉が重かった。
まだ世界全土が原生林に覆われていた頃から、積み重ねられた言葉。それはひとつひとつ少年の身体に反響しては足元に積まれてゆく。

──消えない。


「では話は早い。今からあなたを協会の用意した土地へ送ります。こことは気候も風土も変わらないようになっていますから。……変わるのは、もうくだらないお芝居を上演する必要はないということだけです」

“我は動かぬ”

「動かなくて結構。僕が動かすだけです」

“我ではなく、他の竜を保護しろという意味だが”

「決まったことです」

“誰が決めた”

「僕です」

シムルグは、この細々した魔術師が何かに臆するのを見たことがなかった。
今も雪丸京介の目は波風のない黒のまま、巨大な老翁を見据えている。
真摯だと言えば聞こえはいい。
だが、彼の目は挑戦的でさえあった。

「何があったかは知らないが、あなたはフリートを甘やかし過ぎです」

“…………”

竜は動かない。声もこない。
だが唯我独尊である雪丸は、相槌など始めから必要としていない。

「あなたがちょこっと村をいじめて、フリートがやってくる。爪のかけら、鱗の一片でも持たせ、あなたはやられたフリをする。そして時間をおき、あなたはまた新たなる竜として現れる。そして再度フリートがやってくる……ずーっとこの繰り返しでしょう。誰もが敬う古き竜が、馬鹿げた英雄劇に加担しているなんて信じられませんよね」

“馬鹿げた英雄劇……か”

「そう言わせてもらいます」

黒髪の下から、退かない目が微笑む。
だが金色の双眸もまた、譲らない。

“言いたいのなら言えばいい。だが、我はここにいる”

「強情なヒトですねぇ。僕が何もせずにここへ来たと思います? 僕なんかよりもずっと意味のある時間を重ねて、経験をして、知恵というものを吸収したあなたに対抗しようっていうのに、何も用意をしないで来たとお思いで?」

役人根性。
しばしば規格外のことをやらかすことを除けば──雪丸京介、実は有能である。
日頃の行いと外見が伴わないだけで。

「フリートの素性だって調べてあるんですよ。協会直下の剣術学校を恐ろしいくらいの模範生で、もちろん首席で出ていますね。その後の人生も傷ひとつない。酒はやらない、ギャンブルもやらない、悪をくじき正義を貫く。まさに素晴らしき人ではありませんか?」

雪丸の口調には、少しばかりきつい揶揄が入っている。
正義という冠に対しての嘲笑なのか、それとも──。

「竜退治もその一貫だったんでしょうね。困っている村人、街人を助ける、と言ったような」

うんうんと自分で自分の言葉に納得する優男。

「けれどねぇ、ひとつ気になることがあるんです」

ぽりぽりとこめかみのあたりを指でかき、彼は両手を広げる。
まるで裁判長にアピールする弁護士のよう。

“…………”

「彼は長い間滞在するということをしなかったみたいですね? この村をのぞいて」

“……流れ者の剣士ならば不思議なことではあるまい”

「彼がこの村に入ってから、竜に対する苦情はおろか、目撃情報すら入っていないのは不思議ではありませんか? 竜の巣がある山が後ろに控えているっていうのに、空を飛んでいる姿を見た人さえいないんですよ、協会の調査記録によれば」

“世の中は偶然という生き物に支配されている”

「ははぁ。偶然見た人がいない、と? ではフリートの持ち帰る戦利品、鱗の色がいつも同じだったというのも偶然ですかね。悪いことをしてたのはレッド・ドラゴンでもブルー・ドラゴンでもなくて、いつもいつもエインシャント・ドラゴンだった、と。偶然ここの山には気性の激しい古き智者ばかりいたのでしょうね」

それに、と彼は付け加えた。

「フリートは人が変わったみたいですね。村で聞きました。彼は力に任せて他の村から脅迫まがいに物品を強奪したことがある、と。村人には感謝されているみたいですけど、誉められたことじゃないでしょうよ、英雄としては」

ようやく雪丸が口を閉じる。

“お前は何が言いたい”

「──言いたいことは言いました」

投げやりに言い捨てて、その男は近くの岩に腰を降ろした。
風にもっていかれる黒髪をかきあげ、巨体を見上げる。

「他の村からの強奪をした後には、必ず竜が暴れています。そしてフリートは竜退治に行く。彼は罪人から、まっとうな英雄へと変身を遂げて戻ってくる」

“それがどうした”

「……強情っぱり」

斜め下の地面に向けて雪丸が小さくつぶやく。
しかし、いかんせんシムルグは彼の足元にいたわけで。はっきりと聞こえてしまった。
思わず嘆息を漏らすと、自称保護者はちらりと少年に目配せ。
微かな笑い声を残して再び顔をあげていった。

「人の世の中は、本来の性質だけでつつがなく渡っていかれるものじゃないでしょうよ」

“…………”

「根っから悪の奴だって、法律があって法律を無視すれば罰せられる。世の中の道徳に従う努力はしなくちゃならない。根っからの善人だって、ちょっとばかり悪いことにも手を染めなけりゃ、つきあいが悪いだの何だのって色々言われる」

竜に話しているというよりは、愚痴か独り言のような調子。

「良いことしてるのにそれが悪いって言われるなんて、おかしな世界だねぇ。この頃じゃあ、良いことをしている奴の方が危険因子だと思われてるらしい」

ねぇ、と雪丸が相槌を求めてきた。
少年には反論のしようもないので、とりあえずうなづく。

「人は少なからず、仮面を持って生きている。ありのままで生きようったって、それは無理な話でしょ? この僕だって日々役人の仮面をつけて目をこんなにして──」

ヤツは目じりを指でくいっと上にあげて、つり目を作る。

「説教しなきゃならない。そして、フリートも仮面をつけて生きている」

“英雄という仮面、か”

「本当に強情っぱりなんだね、まったく!」

雪丸がフンッと鼻を鳴らして腕組みをした。

「英雄ってのは嘘だけど本当の仮面じゃない。自身の本性にあった仮面ならば、それを仮面と呼ぶ必要はないんだ。それは彼の一部であって、彼はその役と一体化することができるんだ」

仮面には、たくさんの種類がある。

「英雄の仮面は、彼が自分で選んだ仮面だ」

“ではお前の言う仮面は”

竜が身じろぎをした。
小石が軽い音を立てて下の谷へと転がり落ちてゆく。

「彼が付けていた仮面は──、悪人の仮面だよ」

昼下がりのけだるい時間。
雪丸のとんでもなく軽い声音が風に吹き飛ばされていった。

「選ばざるを得なかった、仮面さ。……彼は本当に善人なんだろう。規則を破ることもなく、人を傷つけることもなく、言われたことは言われたとおりにこなし、さぼらず努力もする。それが一番性に合っている」

──善人。

「それってさ、イイコトだよねぇ?」

あごをつまんで彼がこちらを見た。

「確かにイイコトだ」

シムルグは両手を腰にあてて答える。
人間の模範生ともいえるべき存在だろう、それは。
だが──。

“世界はそれを許さない”

今までよりもさらに重く、断固とした振動が身体を揺さぶった。
怒れる大地の地鳴りの如く、重低な音が骨をも叩く。

“世界は、善良なる者の生きられる場所ではない。悪なる仮面を持たずしては”

「摂生を心がければ、つきあいが悪いと言われる。真面目に勉強をすれば、もっと遊んで楽しみを知れと言われる。規則は守らねばと躊躇えば
(ためらえば)、度胸がないと笑われる。傷つけることが嫌で言葉を控えれば、はっきりしない奴だと罵られる。教師の言を忠実に実行すれば、仲間からは疎(うと)まれ、当の教師からも当惑の眼差しを向けられる。あるいは、調度いいと都合よく使われる」

息継ぎもせずに並べたて、雪丸が軽く肩をすくめた。

「ほんとにね、善人には生きにくい世の中だ。もっとも、普通の人間にだって充分生きにくいけどね。本性を隠して良い子の仮面をかぶれば、息苦しい。そう思って悪なる仮面をつければまた、周りからは白い視線」


まわりを見て、世界を見て。
自分をそれらと同じ色に染めようとすればするほど、果たして自分は元々どんな色をしていたのか、分からなくなる。
自らを失い、空虚な仮面だけが手元に残る。


「フリートもそうでしょう。彼も、離れ得ぬ善人たる本性と、放せ得ぬ悪なる仮面の狭間で、己を失いかけていた」


竜退治・英雄フリートの本質。そしてこの演劇の粗筋。
上手く出来ているようで、夢のない話。

竜を倒し、村を救った英雄であれば、完璧な善人であっても許される。
酒をやらず、祈りをかかさず、賭け事をせず、女に手をださず。
それでも許されるのだ。
英雄様なのだから。


“あの者の精神を救うには、それしかなかった”

急速に色褪せた目で、竜が見下ろしてきた。

“それしかなかった”




古の竜は、その地でひとりの若者に出会った。
汚れなき剣を持ち、己が正義を信じる者に。だが彼は同時、それゆえに心を壊しかけ、薄氷の上を歩いているような者だった。
人の世に、混ざれぬ者であったのだ。


智者は彼に倒されたふりをして、彼に栄冠と名誉とをさずけた。
そして英雄という免罪符を与えた。

人々の輪の中に入るために、悪なる仮面をつける必要がないように。


しかし、人々の記憶とは風化しやすいもの。
数ヶ月もすれば、素人の栄光など薄れてゆく。

<英雄様ってのは堅苦しいなァ>

<これだから英雄って部類の人は……>


若者はその地を去った。
彼を不憫
(ふびん)に思ったかの竜もまた、彼とともに空へと飛び立った。

そして彼らは虚ろなる英雄伝承を繰り返したのだ。
この村でもそう。

古の竜は、山に巣食う竜たちを追い出して一匹になり居座った。
若者は、竜を追い払ったフリをして英雄の座を再びその手にする。
だが、村人が畏敬の念を忘れ彼の強さだけを欲し、他の村への強奪を企てるようになるとすぐ、物語は始まった。
悪なる仮面をつけなくてはならなくなると、彼の心は悲鳴を上げた。
何食わぬ顔で酒をやり、夜明けまで騒ぎたて、馬を駆り力を奮うたび、己の本質は軋み
(きしみ)、悪なる仮面は顔にはりつく。

──このままでは己が崩壊する

かの竜は火を放ち、かの英雄はそれを討ちに山を登った。

そして英雄は再び英雄となり、悪なる仮面は未来へと遠ざけられる。
消えはしない。
仮面は、世界にその者が存在する限り消えることはない……。




「だがあなたのやったことは間違いだ」

雪丸が、穏かに両断した。
大きな岩の上に座り、遠くを見ながら静かにそう言った。

古の巨竜と風変わりな魔術師。そして小さな偉大なる鳥の王。
見る者が見たのなら、そこは美しい絵本だった。
忘れ去られた記憶の扉絵。
ほこりに埋もれた言葉の碑。
語られることのない世界の片隅。止められぬ刹那。


「どんな本質であれ、どんな仮面であれ、誰もがどこかにひずみを抱えている。同化できる仮面ばかりを与えてくれるほど、世界の構造は上手くできちゃいない。……フリートだけじゃないんだよ、仮面の奥の本当の顔を失ってしまいそうなのは。ひとりだけ小ずるい手で逃げるなんて、他の人に失礼でしょうが」

雪丸が言葉を切って、こちらを見た。

──何か言え、だ。

シムルグは今日何度目かのため息ひとつ、いつもより大音量で声を上げる。

「オレはあなたよりずっと若い部類だけど、言わせてもらう。あなたはこの繰り返される英雄伝承を、フリートが死ぬまでやるつもりか?」

“ならば問う。若き王よ。お主であったらどうする”

「…………む」

撃沈。

この竜は、陳腐な答えでは許してくれまい。

仮面をつけずに生きる強さを持て。
本質を世界へさらすことに怯えるな。
自分というものを、忘れるな。

そんなことでは許してもらえない。
そんな世界、弱い者は生きられない。


「……えーと」

少年が答えに詰まっていると、雪丸が軽やかに岩から跳び下りた。
いつもの笑みで老爺に敬礼。
とりあえずシムルグも敬礼。
雪丸がくしゃくしゃとシムルグの赤毛をこねまわしながら、古き竜に微笑を向けた。
そして、吟遊詩人が歌う如くに、優しく哀しく目を細める。

「ただね、言ってあげればいいんです。──君は君のままでいい。そう、言ってあげればいいんです」


太陽の光が色付き始めていた。
白から金色へと、空が、稜線が、輝き始めている。
洞穴からではない、ひやりと乾いた風が吹き降ろし、岩の間の小さな草がなびいた。
ぱたぱたと、横にたつ魔術師のコートも音をたてる。

静かな沈黙が降り、古き竜の目が一度ゆっくり閉ざされた。
風が何度か通り過ぎ、ようやく鮮やかな金色が甦る。

“我は長き時を生き過ぎた。小さきものへの憐れみが先を歩いてしまうのだ。どうしても。愚かと知りつつ、な”

強さを求める必要などないのだ。
強くなくていい。
鎧で身を固めなくても、世界に絶望しなくてもいい。
仮面を外さなくてもいいし、自らをそのまま投げ出すこともしなくていい。

ただ誰かが、認めればいい。肯定すればいい。
それでいい。



「それでは、明後日にでもまた来ます。その時はどんなにゴネても移動してもらいますからねー。英雄殿にはしっかり話をつけておいてください」

雪丸のコートがひるがえった。
シムルグもそれに従う。
古の竜に、愛想のない岩山に、ふたりは背を向ける。

“──魔術師”

太古の音に、僅か震える身体の芯。

「はい?」

優男が振り返る。

“世界はお前が思っているほど──盲目ではないぞ”

「…………」

彼はしばし巨竜の物言わぬ金眼を見つめ、……笑って言った。

「分かってますよ」







◆  ◇  ◆  ◇




「お待たせしました。外遊部門担当の霜夜と申しますが」

魔導協会への通信魔術は、飛ばされた術を受け取る役目を負った協会魔術師の数が限られているために、なかなかつながらないのだ。
村から協会へと術がつながったのは、もう日暮れ前。それからまた少し待たされて、ようやくあのホニャララ男の身元を確認してくれる役人が現れた。

鏡のようなものが置かれた机には、夕焼け橙色の光が輝いている。

「あのですね、本日こちらに雪丸京介という協会の名を語った輩が現れたわけでございますですが、子連れのうえにスーツも着ずにぼけーっとしている風体で、身分詐称ではないかと思い、申し訳なくもお役人様にご確認願いたいと思ったわけでございまして、はい」

あの禿げた男がおかしな敬語で鏡に語りかける。

「雪丸京介ですか?」

真夏の太陽をも凍らせる、怜悧な声が部屋に返された。
二度ほど下がる室内の温度。

「はい。名刺がここに」

「連れていた子どもは赤毛の少年ですか?」

「えーっと」

禿げ頭が仲間を振り返り、そのうち何人かが首を縦に振る。

「えぇ、そのようでございます」

「そうですか」

鏡の中の役人が、一瞬だけ口の端を吊り上げた。
笑ったのだ。

「間違いありません。それは協会の職員です」

黒スーツの隙のない男。
あのトボケタ優男とは対極の、完璧すぎる役人。
果てしなく機械的なその男は、飾りの言葉も儀礼的なねぎらいもなく、ではこれで、と回線を切ろうとした。

が、──思い出したように付け加えてくる。

「彼を怒らせないように充分気をつけることです。あの魔術師は調教師のいない猛獣ですので」








THE END


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