幻獣保護局 雪丸京介 第2話

「シムルグ」





白壁が陽光を反射して、まぶしいほどに輝いている。
少女は満足げな表情でにっこりと笑った。

空は青い。
風は透明。
道端の草は元気で、家々の花は美しい。
まさに絵に描いたような街だ。

「すてき」

彼女はそうつぶやいて大きく深呼吸をした。

何もかもが素晴らしい。
時間は正確に時を進め、人々は正確に生きている。
天気も、色も、すべてがあるべき姿でそこにある。
すべてが、清々しいほどに正しい。

と、少女の前が不意に陰った。

男がひとり、彼女の目の前に立ったからだ。
本来そんなことがあるわけないのだが──

その人は馴れ馴れしく話し掛けてきた。

「君はこの街の子?ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかなぁ?」

「おじさん、誰?」

少女は微笑んだまま彼を見上げた。

その人はちょっとクセのある黒髪で、優しそうな真っ直ぐとした双眸。ひょろりとした体躯に見え、少しよれた枯葉色の薄いコートを着ている。

──すてき。この風景にぴったりな人。

彼女は好意を持ってもう一度微笑んだ。
しかし彼は――なぜだかほんのちょっとだけ口の端をこわばらせていた。
少し考え込むような仕草をしてから、名乗ってくる。

「……僕かい? 僕は雪丸京介。君は?」

「ユキマル?」

少女は聞き慣れない言葉の響きに小首を傾げ、そしてまたふんわりと笑った。
彼女のウェーブした金髪が揺れる。

「私の名前はプリーメ。よろしくね、ユキマル」

プリーメは着ていたエプロンドレスの裾をちょっとつまみ、軽く会釈。
ユキマルは何の違和感なくお辞儀を返してきた。
紳士よろしく胸に手をあてて。

――すてき。

「それでユキマル。聞きたいことってなぁに?」

「あ、あぁ。あのさ、ちょっと困ってるんだけど、この国の人は誰も僕と口を聞いてくれないんだ。話しかけて取り合ってくれたのは君だけだよ。僕、何か悪いことしているのかなぁ?」

――まぁ。

プリーメは内心驚いていた。
彼は本気で理由が分からないという顔をしている。
そんなことがあるのだろうか。
この人は……一体どこから来たのかしら? そう思いながら彼女は説明してあげた。

「あのね、みんな忙しいだけなのよ。悪気はないの」

「忙しい?」

「そうよ。みんな忙しいの。充実したジンセイを生きるためには頑張らなくちゃいけないのよ。一生懸命生きて、一生懸命時間を使うの。無駄にはできないんだからね、時間っていうのは。ジンセイは限られているんですもの。でも、ユウイギに時間を使うためにはお金が必要でしょ? だからみんな一生懸命働いてお金を貯めるの。そしてそのお金で一生懸命時間をユウイギに使うの。分かった?」

「ふぅん」

ユキマルは顎に手をあててうなづいていた。
目を細めながら、

「ふぅん、なるほど。みんな忙しいから、僕を相手にしている暇がなかったんだね」

「そうよ」

プリーメは胸を張って答えた。
しかしユキマルは眉を寄せている。
そして言ってきた。

「じゃあ、ここのみんなは何のために生きているんだい?」

――頭の回線は大丈夫だろうか、この人は。病院に連れて行って上げたほうがいいのかしら?

プリーメはそう思ったが、何せきっとどこか遠くから来た人なのだ。この国のこういう素晴らしい生き方は、この人にとって凄まじい衝撃に違いない。
彼女はそう考え直した。
勝手に人を無教養だと決め付けてしまうことは正しくない。

――素晴らしいことっていうのは、時にザンシンすぎてケイエンされるって言うものね

「みんなはジンセイを充実させるために生きているのよ」

彼女は、学校の先生がデキの悪い生徒を諭すような口調で笑った。

「ふぅん」

ユキマルは分かったような分からないような返事をする。
そしてそのままの表情で、もうひとつの疑問符を掲げてきた。

「子どもの姿をね、この国に入ってから君しか見ていないんだけど」

「だってみんな忙しいから子育てなんかしていられないんだもの」

ちょっと考えれば分かることだろうに、この人は頭を使うことがとっても面倒臭いらしい。
ま、そういう風体はしているが……。
プリーメは彼の深い闇色の瞳を見上げながら、続ける。

「子育てをしている暇があったら、働く。時間を使う。だから子どもはすべて隣国に預けられているの。私は例外。私は、この国の亡き王がすべてを託した機械人形のマスターなのよ。それでね、隣国に預けられたその子たちは、大人になったらこの国に返されて、ここで素晴らしいジンセイを送るのよ。片時も無駄に時間を使わないように、ね」

「子どもを育てる時間っていうのも、素晴らしい気がするんだけどなぁ……」

またまたワケの分からないことをユキマルはつぶやく。
彼は旅人だろうに武器ひとつ持っていなくて――そう、おかしなことに鳥カゴを持っていた。
それから虫取り網。
すてきな人だけれど、どこか変。きっと彼が育った国は、少しだけ教育方法を間違えて
いたのかもしれない。

「ジンセイっていうのはね、自分のためにあるのよ。子どものために使ってどうするの?」

「ふぅん」

再び気の抜けた炭酸水のような返事。
ユキマルはプリーメが今まで見た事もないような笑みを浮かべていた。
笑っているんだけど、なんだか怒っているような。

「そういえば、あなたはここで何をしているの?」

とりあえずプリーメは訊いてみた。
すると、ユキマルの顔がさぁっと変る。

「あぁそうだ! 肝心な事忘れてた!!」

「で?」

「鳥を探しているんだよ! 鳥。シムルグっていう鳥なんだ! この国にいるって上司に言われたんだけどね……」

「鳥……? どんな?」

「えぇとね、どんなだったかな」

彼はそう言って内ポケットをがさごそ探し始める。

――この人はどんな鳥かも知らないで探していたのかしら?

「これこれ。この鳥」

彼はようやく、くしゃくしゃぼろぼろの紙をひっぱりだした。
そこには鳥の絵が、とっても正確そうに描かれている。
案外地味な鳥だ。
三十羽ほども描かれている事を除けば。

「これ、全部探すの?」

「そう。それ、全部なんだ」

ユキマルは楽しそうに言った。

「それはね、三十羽で“シムルグ”って鳥なんだよ」

「三十羽でひとつ?」

「そう。シムルグは鳥の王。鳥の中の鳥」

「……分かんない」

 

プリーメは眉を寄せた。
するとユキマルは白壁にもたれかかり、子守唄のように語り始めた。
どこか遠くの国の、夢物語を。

「昔々――……」





昔々鳥たちの間に、“ずっとずっと西の国の高い高い山の上にシムルグという鳥の王が住んでいる”そういう噂がありました。
鳥たちはぜひ会いたいと思いました。
そこで、みんなで旅に出ることにしました。

しかしその旅はとても過酷でした。
風は容赦なく吹きつけ、海では嵐にあいました。
飛んでも飛んでもシムルグのいる山には着きません。

始めはたくさんいた仲間も、だんだん少なくなってゆきました。
“もう疲れたよ。僕はここに残る。君たちは頑張って会ってきておくれ”
“私はやっぱり歌を歌っているべき鳥なんだわ。もう少しだって飛べないのよ”
そうしているうちに、仲間はとうとう三十羽だけになってしまいました。

しかしその時彼らはその山に着いたのです。
そして彼らは知ります。
あらゆる苦難を超え、信念を貫いた彼らこそが、シムルグであったことに。
鳥の王は、彼ら自身であったことに。




「っていう話。それがシムルグ」

「でもそれっておとぎ話でしょ? 本当にはいないんでしょ?」

「うーん」

ユキマルは眉を寄せて笑っていた。
肯定はしてこない。
ユキマルは笑ったまま、しかし真剣そうに

「でもねぇ。彼らはもともと自由を愛する鳥だからねぇ。シムルグであることから逃げ出しちゃったんだよね……。だから僕が連れ戻しにきたんだけどさ」

と言った。

 
「ねぇ、病院行った方がよくない? おとぎ話なんか信じていたら、素晴らしいジンセイは送れないわよ? そう、ここで私と無駄話していること自体間違っているんだから!」

プリーメはすでに母親の気持ちだった。
どうしようもなく聞き分けのない子どもの母親。

――私がこの人を正しく導いてあげなくっちゃいけない。

彼女はそう思った。
それはなんというか……そう、使命感、だ。
ところがユキマルは呑気な様子で続けてくる。

「鳥は歌うものではばたくものだ。シムルグっていったって、自由に振舞っていればよかったんだ。無理にみんなの期待に答えようとするから……。シムルグはシムルグであるってだけでみんなに元気を与えているのにねぇ」

はぁ、と嘆息して首を振る。

「ストレスがたまってみんな逃げちゃった」

そして今度はふぅっと肩を落す。

「探しに行かなきゃ」

しかしプリーメはびしっと彼のコートの裾を掴んだ。
放さない。

「……プリーメ。僕のこれは仕事なんだよ〜。遊んではいられないんだ、終わるまでは」

「あなたは間違ってる」

「うん?」

――やっぱり彼は分かっていない。

彼女は視線を険しくした。

「あなたは間違ってるわ、ユキマル。それでは良いジンセイを送れないの。そのシムルグって鳥もダメよ。みんなに期待されているなら、ちゃんとそれに応えるよう努力しなきゃダメでしょ? 逃げ出すなんてとんでもないわ! そんな中途半端な生き方じゃ、死ぬ時にきっと後悔するんだから!」

「…………」

相変わらず彼はきょとんとプリーメを見下ろしている。

「ユキマル。今からでも遅くないわ。ちゃんと生きて! 真面目に生きて! ……知っている? この国では、きちんと生きていない人は死刑なのよ」

「死刑!?」

ユキマルが驚愕の悲鳴をあげた。

「まさか僕やシムルグを死刑にしようっていうのかい?」

「無駄なジンセイを歩んでいる人自体、サンソや食料の無駄よ」

「おいおい……」

「それに、ちゃんと生きている人に対して失礼でしょ」

「そーんなぁ!」

叫んだと同時、ユキマルが音もなくきびすを返す。
プリーメが掴んでいたはずのコートは……

「シムルグ、早く捕まえなきゃ〜〜」

声だけが響き、彼の姿は路地の向こう。

「間違ってる」

少女は小さくつぶやいた。




◆  ◇  ◆  ◇  ◆




彼は昼夜を問わず虫取り網を振り回していた。
そりゃそうだ。
この国には国外の人間をもてなすような時間はない。
ホテルはない。
もう3日間以上も寝ていないと思われるユキマルは、それでも何故か楽しそうに虫取り網をぶんぶんさせていた。

“邪魔!” “うるさい” “出て行け!”

あちこちから罵声を浴びながら。
この国の人たちは、自分の生きる道を邪魔されることが何よりも嫌いなのだ。

昨日もユキマルは、一生懸命外国語レッスンをしているおじさんに“楽しいですか?”と話し掛けて怒られていた。
公園のベンチで昼寝をしようとして、お婆さんから説教をもらっていた。
当たり前だ。
昼間っから寝るだなんて、時間の無駄遣いも甚だしい。

今日だって人家に入っていって、“食べ物もらえませんか?”などと言って叩き出されていた。どこの世界に、他人に食事をつくってあげる人がいるというのだ。
子どもではあるまいし。(子どもはいないけれど)
自分のことは自分でする。
それが正しい生き方というもんである。

なのに彼はその上日中、ぼーっと空を見上げていた。

見かねたおばさんが、貴重な時間を割いて“あなたも何か役に立つことをなさい”と忠告してくれたにもかかわらず、彼はなんとこう言ったのである。

「いいんです。僕は忙しいのは性にあいませんから」

忙しくないジンセイなんて、空っぽじゃないの!
間違ってる!




何日経ってもユキマルは変らなかった。
どれだけ注意されてもユキマルは変らなかった。

今日もあと一羽〜〜♪ と歌いながら通りを駆けてゆく。

……もう我慢できない。
彼はジンセイを無駄にしすぎている。

「ユキマル」

その日とうとうプリーメは、機械仕掛けの爺やを後ろに伴って、彼を呼び止めた。
爺やは鳥カゴを持っている。
そう、ユキマルの探している最後の一羽。

「プリーメ!」

向こうから彼が走ってくる。

「プリーメ、ありがとう、見つけてくれたのかい?」

目を輝かせている。
何の疑いもなく、楽しげに。

「ありがとー、ありがとー! これで帰って眠れるぅ〜」

彼は何度も礼を言った。わくわく顔でカゴが渡されるのを待っている。
しかしプリーメは言った。

「あなたは全然学ぼうとしないのね」

「?」

ユキマルが怪訝に眉をひそめた。

「どうしてこんなにも素晴らしく生きている人たちがいるのに、あなたは学ぼうとしないの!? どうしてもっと真剣に生きようと思わないの!?」

「……これは?」

ユキマルが彼女の言葉を聞いているのかいないのか、笑みを崩さず周囲を見回した。
彼は住人に囲まれている。銃を持っている、住人に。

「あなたは死刑です」

カシャリ

プリーメの宣告に、街人たちが一斉に銃口を彼へと向けた。
あとは引き金をひくだけ。

「あなたは今のままではきっとジンセイを後悔するわ。でもあなたはその無駄な生き方を変えようとしない。それに、あなたはこの国で何人ものジンセイを邪魔したわ。貴重な時間を潰したの。その埋め合わせは、してもらうわ」

少女の声は頑なだった。
しかしユキマルの緊張感ゼロの声がそれを遮る。

「金を使うことがユウイギなジンセイなのかい? 時間を間断なく使うことがユウイギなジンセイなのかい? ジンセイの使い方なんて自由だろ? その人間が、その生き方に責任を持てる限りね。僕は、ずーっと昼寝している方がいいな。君たちのユウイギなジンセイよりは、さ」

そして街人をくるりと振り返った。
そして彼らに向かってユキマルはやんわりと言った。

「時間、欲しいですか?ゆっくりと過ごす時間」
 

「…………」

誰も引き金を引けない。
彼の目に縛られて、身動きができない。
さらにユキマルは言った。
穏やかな目つきのまま。

「時間がないからそんなに躍起になるんでしょう? 時間がたっぷりあれば、金を作る時間と、金を使う時間との間にさらなる時間が増える。その時間、あなた方が何をしようと自由ですよ。寝てもいい、おしゃべりしてもいい。どうです、素敵だと思いませんか?」

街人がざわついた。

――間違ってる!

プリーメは声をはりあげた。

「ダメ!みんなダメ! 惑わされちゃダメ! それだって時間を無駄にしていることになるわ!きちんと生きていないことになる! 誘惑に負けてはダメよ! それじゃ死ぬ時に後悔してしまうわ! 私たちは人類の見本なのよ! 亡き王が言っていたでしょ!? 私たちだけでも正しい生き方をしなくちゃダメなのよ!!」

「僕がもしみなさんのような生き方をしたなら、死ぬ時必ず“もっと太陽の下で日向ぼっこしながら昼寝したかったなぁ〜”って後悔するでしょうねぇ」

ユキマルの顔に悪意はない。
諭すのでもない、忠告でもない。

淡々とすぎゆく風のような、口調。
天使とも悪魔ともつかない、微笑。

「……時間を、くれるのか?」

ひとりの男がおずおずと言った。

「えぇ、たっぷりと」

ユキマルがにっこり笑った。

「ダメ、みんなダメ! この人は悪魔よ! 正しき人間を惑わせる悪魔よ! 言葉を貸してはダメ!」

「――くれ! 時間をくれ!」

「お昼寝がしてみたいわ! 時間を頂戴!」

「僕は映画が見たいんだ! 見たいだけずっと!」

「私は子どもを自分の手で育てたいの!」

「ダメだってば! みんな、ダメよ!」

プリーメの声はもはや誰にも届いていなかった。
群集の叫びにかき消される。

「いいでしょう。みなさんに時間をあげます。使いきれないほど、たっぷりと」

厳かな声で、ユキマルが言った。
しーんとその場が静まる。

「時間が有り余るということは時にとてもツライことだと言いますが……これだけ欲しているみなさんなら、大丈夫でしょう」

にこやかに笑み、彼が右手を上げた。

「たくさんありますから、好きなように好きなだけお使いくださいね」

皆が彼を見つめ、ごくんと唾を呑み込んだ。
たくさんの期待とひとつの絶望。
互いの胸の高鳴りが聞こえるかのような、異様な静寂。



そして――



ぱちん

彼の手が鳴らされた。

…………。

一瞬の沈黙。
次に聞こえたのは、どさどさっという人々が地に落ちる音。

みんな次々と崩れ落ち、折り重なる。
みんな示し合わせたように地に伏す。
みんな眠ったように動かない。
みんな悪夢ように動かない。

「永遠の時間をさしあげます」

雪丸の柔らかな声が彼らの上に降った。
彼らは――二度と動かない。

「こ、殺した……の……ね?」

プリーメは目の前の男を、信じられない面持ちで見上げた。

「みんなを、殺した……のね…?」

小さいとはいえ、国ひとつぶんの人間を指鳴り一つで殺したその男は、しかし変らず屈託ない笑顔をその顔に浮かべていた。

「みんなに永遠の時間をあげたんだよ。これで時間を気にせずに生きられるだろう?」

――この男は!

少女は背筋が凍った。
戦慄、というやつだろうか。
今まで怖いものなど何もなかった彼女が、今目の前にいる優男に恐怖している。

「……あなたは、誰」

彼女はやっとの思いで声を出した。
しかし彼女はそれが、彼と初めて会った時とほぼ同じ質問だとは気がつかなかった。

「僕かい? 僕は――」

ユキマルはがさごそと内ポケットを探った。
手渡されたのは小さな紙片。


『魔導協会 外遊部門 幻獣保護局 雪丸京介』


「その鳥、返してくれないかな? それで最後なんだけど」

「嫌」

こんなやつの思うとおりにさせてはいけない。
素晴らしいこの国の生き方を愚弄した、この男になんか!

――みんなを殺したこの男になんか!

やっぱりもっと早くに死刑にしてしまえばよかった!
きちんと生きないこんなやつ、世界にはいらない!

そんなプリーメの思考を余所にして、

「じゃあ仕方ないね」

声がする。
見上げたと同時、ユキマルの天使のような笑みが見えた。
瞬間、彼女に聞こえたのは“ぱちん”という指鳴りの音。
彼女を恐怖させた、あの音。

――彼は、誰?

答えはでない。
そして――世界は暗転した。





「よし」

雪丸は嬉しそうに鳥かごの扉を閉めた。

「何をしていたっていいから、逃げるのだけはよしてくれよ? 僕が大変なんだから」

彼はカゴの中へと話しかける。
その中には、炎のように紅い、大きな鳥が一羽だけ入っていた。
鳥の王――シムルグ。

「君はいつだって自由なんだよ。どんな風にいたっていいんだよ。そんなに悩むもんじゃない」

まるでデキの悪い教師が、デキの悪い生徒に言い聞かせているよう。
そして雪丸はふと横を見る。
そこにはひっそりと、主を失った機械仕掛けの爺やがいた。
雪丸はまるで人間に接するがごとく目を伏せ、静かに言う。

「ごめんね、君のマスターを殺してしまって。でも国のみんなを殺してしまって、彼女だけでは生きてはいけないだろうし……、それにね」

雪丸はちょっと肩をすくめてみせた。

「僕は正義の人じゃないんだ」

「……ワタクシニ、ヤルベキコトヲ、オアタエクダサイ」

機械仕掛けの爺やは言った。
おそらく雪丸の言い分は全く通じていないのだろう。
彼はふうぅっと大きく息を吐いた。

「まったく、君までそういうことを言うんだね?」

そして辺りを見回す。

「――じゃあ、みんなの墓を作ってやるといい」

「リョウカイ」

爺やは、今までマスターだった少女の身体を、いずこへか運んでいった。




「行こうかシムルグ」

「……みんなが“時間はいらない”って言ったらどうするつもりだった? 素直に死刑を受けるつもりだった?」

鳥かごの中からシムルグが言った。

「うーん」

雪丸はしばしうなり、

「分からないなぁ」

無責任そのものの口調でつぶやく。
そしてちょっと深刻そうな顔になり、シムルグを覗き込んだ。

「ねぇ、僕、おじさんに見える?」

「――いいや。大丈夫、まだまだお兄さんでいけるよ」

「……よかったぁ」

雪丸の顔がいつもの笑顔に戻る。

「よっしゃー、帰ったら昼寝するぞーーー!」

彼は猫のような伸びをして、空虚な街に爽快な声を響かせた。




◆  ◇  ◆  ◇  ◆





「コチラハ“マーケルオウコク”デゴザイマスガ、ジンインガフソクシマシタノデ、シキュウサンジュウニンホド、コドモヲカエシテイタダキタイノデスガ。……ハイ。ハイ。アリガトウゴザイマス。デワ、アス、ジョウモンニテ、オマチシテイマス」

かたかたと音を立てて、機械仕掛けの人形は城の廊下を進んでいく。
その声は楽しげだった。

「コドモタチニハ、シッカリト、タダシイイキカタヲオオシエセネバナリマセンナァ。アシタカラ、マタイソガシイコトダ」




THE END


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