幻獣保護局 雪丸京介 第七話

       「けさらんぱさらん」

 
 
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                              純満すばるさまに捧ぐ

 

深く広い緑の森の中を、ゆったりと流れてゆく大きな川。
その川岸に並ぶメルヘンな家々。
窓やバルコニーを飾る色とりどりの花。
そして穏かな水面に映る白塗りの尖塔と、眠そうな優男の顔──……。
 
 
「なんだって僕がこんなものを集めなきゃいけないんだろうねぇ」
 
しみじみとその男が言った。
 
「……仕事だろ?」
 
隣りに座った少年がミもフタもなく返す。
 
「仮にも難関と言われる協会試験を突破した高級官僚だよ、僕は」
 
「薄給官僚のマチガイだろ」
 
「…………」
 
彼はしばし水面を見つめ、ちらりと横の少年を見やり、
 
「──僕はなんて不幸なんだらう。慰めてくれる人ひとりいやしない」
 
つぶやいた。
 
 
 
 
彼の名は雪丸京介。魔導協会の外遊部門、幻獣保護局に勤める立派なお役人サマだ。
少々クセっ毛気味の黒髪と、笑みを絶やさぬ穏かな顔立ち。
背は高い方だが、がっしりしているわけではない。
 
強風が吹けば、抵抗もせずに笑いながらそのまま飛んでいく──そういう男。
 
 
そしてやっぱりお決まりでかなりの異端児だったりする。
ただ単に命令されたとおり各地の幻獣を保護してくるだけの仕事であるはず
なのに、彼は何かというと上と衝突。
 
今だって協会とケンカして飛び出してきたままなのだ。あの事件以来彼はまだ
本部に帰っていない。
命令通知は各街の通信施設に届いているからそれでも困ることはないし、嘘みたいな
ホントの話でこのヘラヘラ優男は上も扱いに困るような力のある魔術師。
 
……だからイキナリ首が飛ぶことはないが、しかし彼自身にしても協会自身にしても、
良い状況でないことは明らかだった。
 
 
 
 
「でさ、雪丸。このフワフワした白い毛玉は何?」
 
暖かい陽射しが降り注ぐ河原。
 
彼の傍らに座る赤毛の少年が、草の上に足を投げ出しながらソレをつまみあげた。
鳥の羽根の綿毛部分のようにも、タンポポの綿毛の集合体のようにも見えるソレ。
ソレはこのメルヘンな街に入った時から、時折空中を漂っていた。
 
「あれ、シムルグ知らないのかい?」
 
意地悪げに雪丸が笑う。
 
「知らない」
 
少年はブスっとした面持ちでそっぽを向く。
 
 
 
実はこの少年、少年の姿をしてはいるが列記とした幻獣。鳥の王と呼ばれる
“シムルグ”なのであるが、故あってこのように雪丸にくっつき同行している。
 
幻獣としての日はまだまだ浅いけれど、それでも人間である雪丸よりは
博識家……だったはずなのだが、やはりまだ穴はあるといったところか。
なんだかんだ言ってまだこののほほん魔術師に敵わない。
 
 
 
「これは“けさらんぱさらん”。幸せを呼ぶ毛玉だよ」
 
雪丸はまた目の前を通り過ぎていこうとした毛玉をぱしっとつまみ、手にした瓶へと
入れる。その中にはこれまでに捕まえた毛玉が数匹(?)ふよふよしていた。
 
「これに願い事をすると叶えてくれるんだよ。白粉を食べて増えるとか、びわの木の精
だとか色々言われているけどね。結局まだ詳しいことは分かってないんだ」
 
彼は至極真面目な顔で瓶をのぞき込み、続ける。
 
「……毛玉採集だなんて、僕がする仕事かい?研究に使うんなら研究員が自分で
捕まえればいいのにさ。なんだって僕がこんな瓶詰め造らなきゃいけないんだかね」
 
「──雪丸、機嫌悪い?」
 
「なんで?」
 
「だっていつもなら“楽な仕事だぁ〜〜”とか言って期限ギリギリまで遊んでるじゃねぇか」
 
「……お前さんねぇ……」
 
半眼で少年をねめつけてくる雪丸だったが、図星なのだろうそれ以上言葉が続かない。
反論するのを止め、彼はひとつ大きく嘆息。
 
 
「僕は──この街、嫌いなんだよね」

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 
 
 
 
「この街は職人の卵が集まる街なのさ。職人って言っても、物造りだけの話じゃないよ?
絵描きとか、音楽家とか、そりゃあもう色々な種類がいる」
 
話す彼の顔にはさっきまでの不機嫌さは微塵もない。
微笑を浮べて街のメインストリートを歩いて行く彼は、どこから見てもメルヘンの住人。
これほど彼を受け入れる風景も珍しい。
 
「さっき来た街道をあと半日くらい行けば大きな都市があってね。ここで修行したヤツは
そこへ行って自分を売り込むんだ。ホラ、あそこでも練習してる」
 
雪丸が薄いコートの裾を風になびかせて、道脇の家を指した。
レンガ造りの可愛らしい家。
その二階のバルコニーでは、ド派手なドレスを着た女の人が朗々と歌っていた。
 
「──歌の練習?」
 
「たぶん歌手になる練習だろうけどね」
 
「…………?」
 
雪丸の意図が分からず首を傾げたシムルグだったが、出そうとした言葉は頭上から
降ってきた女の声に打ち消される。
 
「お兄さ〜〜ん!坊や〜〜!アタクシの歌、聴いてくださった?いかがでしたかしら!」
 
「実に正確な音程でしたよ」
 
雪丸がニコニコと告げた。
 
「そう言っていただけると嬉しいワ!」
 
「歌手を目指していらっしゃるのですか?」
 
彼の柔らかな口調の中にはひとつの刺もない。
 
けれど、大方彼の言葉は額面どおりの意味だけではない。
それが分かってきたのは、シムルグがそれだけ雪丸という魔術師を分かってきた
証拠だろうか。
 
「えぇ!アタクシ小さい頃から音感は良かったんですの!そのうち誰もが
知っているような歌手になりましてよ!」
 
彼女は豪快に笑うと、再び練習を始めた。
 
 
 
◇  ◇  ◇  ◇  ◇
 
 
 
 
 
「なぁ、雪丸。歌手になる練習ってどういうことだ?歌の練習とは違うのかよ?」
 
「…………」
 
軽やかな笑みを浮べたまま、雪丸は何も答えない。
その代わり今度は楽しげにお洒落なログハウスのレストランを指差した。
 
「こっちは料理の修行かな?」
 
「……──俺、チョコパフェな」
 
「じゃあ僕は抹茶パフェにしよう」
 
こんなところでデートをすれば夢見る効果で何事も上手くいくだろう。
そんな雰囲気の、全部が暖かな木で造られたそのお店。
 
全体的に照明が落としてあって、子ども連れの若い兄ちゃんが入るのはいささか
間違っているかんじだったが、切り株型のメニュー立てなど、調度品も可愛らしい。
 
もちろん味も悪くない。
 
「どうでしょう、お客様」
 
半分くらい食べ終わったところで、白いエプロンに身を包んだお兄さんがスタスタと
寄ってきた。
きっとこれを作った修行人なのだろう。
 
「うん、美味しかったよ」
 
「…………」
 
「そちらのお兄様はいかがでしょう?」
 
じぃーっとパフェを見つめたまま微動だにしない雪丸に、お兄さんが笑顔を向けた。
 
「あ、あぁ」
 
気付いた彼は一言笑う。
 
「……冷たいね」
 
「もちろん出来たてをお出しするのがモットーでございますから。そうでなければ
職人検定をパスできませんしねぇ。早く親方に認めてもらわねばならないのです。
早く認めてもらって一人前になって、自分の店が持ちたいのです」
 
貴族のデザートを専門に作れるくらいになりたいだとか、たくさんの支店を
持ちたいだとか、お兄さんの話はどこまでも続く。
雪丸は口の端に優しい笑みを載せ、静かにうなずきながら聞いている。
 
 
 
──雪丸に初めて会った人は、「あの人は春の陽射しのような人だね」
   「たんぽぽのような人だね」と言う。
   
   彼と少し付き合いがある人は、「あの人は冬の月のような人だね」
   「ユリのような人だね」と言う。
 
 
 
シムルグは上目遣いに雪丸を見上げた。
相変らず整いすぎた微笑の優男。
 
彼は春の陽射しでも、冬の月でもない。
たんぽぽでもなれけばユリでもない。
最近少年はそう思う。
 
彼は何者でもない、雪丸京介なのだ。
 
 
 
◇  ◇  ◇  ◇  ◇
 
 
 
「今日は何処に泊まる?」
 
「この道の奥に良い宿屋があるんだよ」
 
「……雪丸、前に来た時もそこに泊まったの?」
 
「そうだよ」
 
 
空は幻想的な黄昏色に染まり、小さな街はどこもかしこも魔刻に彩られている。
 
後ろに長く伸びた雪丸の影を踏みながら、シムルグは取り巻く大きな森を見上げた。
 
赤と黄色と黒の森。
大河の流れと森の木々のざわめきと。
時と共に、留まることを知らず変化してゆく世界。
 
もしもこれを寸分違いなく額に収めることができた時、その絵画を超えるものはなく、
そしてもうその道に先はないだろう。
 
……ガラにもなくシムルグがそんな感傷に浸っていると、
 
ぼふっ
 
いきなり立ち止まった雪丸に思いっきりぶつかった。
 
「ってぇなぁ……どうしたんだよ」
 
鼻をさすりながらうめく。
 
が、
 
 
「──まだここにいたんだ」
 
 
雪丸が発した言葉は少年とは別の方向にかけられていた。
 
 
 
「ここ以上の被写体はないんでね。ここの絵は一番よく売れる」
 
「そう」
 
雪丸の視線の先にはひとりの画家がいた。
 
森に沈む夕陽に照らされるキャンバスから顔を上げ、悪戯っぽく笑んでいる男。
雪丸よりは若そうで、しかし細められた双眸は雪丸のそれよりも冷涼で。
 
──喰えないヤツ
 
 
それがシムルグの第一印象だった。
 
「君の絵。買ってもらえるようになったんだ」
 
「アンタはダメだって言ったけどね」
 
どうやらふたりは以前に会ったことがあるらしい。
 
「…………」
 
雪丸が彼から視線を外した。
ゆっくりと瞬きをして、問う。
 
「……君はまだ絵描きになりたいの?」
 
「絵描きにはなれたさ。だからオレは今、もっと有名な絵描きになりたい。もっと高値で
取り引きされるような絵描きに、な。世界から認められる絵描きになりたい」
 
 
夢を語る人間というのは、いつでもキラキラしている。
子どものままの心を、未来への恐れなき心を持っている。
世界はどこまでも果てしなく広いと、信じることができる。
その果てへと、ひたすらに駆け続けようとすることができる。
 
そして時として──雪丸京介の逆鱗に触れる……。
 
 
 
「たくさんの貴族から引っ張られるような絵描きになりたいんだ。この前はとある
伯爵からこの森の緑の描き方が素晴らしいって褒められたんだぜ?」
 
「そして彼らの願うとおり、彼らの肖像を描いたり庭園を描いたりするわけだね」
 
氷槍を突き刺した雪丸の顔は全く変わっていなかった。
優しい微笑みと黒く深い双眸。
 
「…………アンタの理想は所詮理想でしかないんだ。世間では通用しない。オレは
前にもアンタに言ったつもりだぜ? アンタは甘すぎる」
 
男が立ち上がった。
刹那、のっぺりしたままでいる雪丸の胸倉を掴む。
 
「アンタはどんなに分かったフリをしてみたって、結局はお役人だ。オレたちのいる
世界のことなんか何も分かっちゃいない! いいか? 売れなきゃ生きていかれないんだよ!
オレたちが生きていくためには認められなきゃどうしようもないんだよ!」
 
「…………」
 
「絵描きになろうと目指して何が悪い?売れっ子になろうって、もっと絵で稼げるように
なろうって、そう思って何が悪いんだよ!」
 
怒鳴った絵描きに、雪丸が静かに抗した。
 
「完璧な歌が聞きたければ、機械都市へ行って歌人形にでも歌わせればいい。
おいしい物が食べたければ、三日間くらい絶食すればいい。そんなにも描写が
素晴らしい絵が欲しければ、過去の偉人のタッチを組み込ませたプログラムに
描かせればいいだろうにね」
 
いつの間にか雪丸の顔から笑みが消えていた。
あっさりと、しかし緩慢に、彼が掴まれた手を外す。
 
「僕はこの街が大嫌いだよ」
 
雪丸がちょっと後ろを振り返り、ランプが灯り始めた街並みを見下ろした。
彼は怒っているわけではない。
シムルグは思った。
彼は怒っているわけではなく──あきれているのだ。
 
「歌手になるために歌う?店を持つために料理を作る?貴族に雇われるために絵を描く?」
 
雪丸がじっと街を見据えて吐き捨てた。
「冗談じゃないよ」
 
 
「…………」
 
「歌は。人の心を動かすために歌うんじゃないのかい?伝えたいことがあるから
歌うんじゃないのかい? 歌う事が好きだから歌うんじゃないのかい? そして
その先にあるのが歌手」
 
抑揚のない、黄昏にたゆたう静かな声。
 
「料理は。食べてくれる人を喜ばせるために作るんじゃないのかい?
人を幸せにするために作るんじゃないのかい?料理をすることが好きだから、
作るんじゃないのかい?」
 
そして彼は再び絵描きに視線を戻した。
 
「──絵は。描きたいものがあるから描くんじゃないのかい?描きたいという衝動があるから、
絵を描く事が好きだから描くんじゃないのかい? この景色を描かずにはいられない、
そういう衝撃があって筆を取るんじゃないのかい?」
 
「それが理想だって言ってるんだよ!」
 
「…………」
 
「そうしたいのは山々さ!だけど認められるにはそれだけじゃ駄目なんだよ!
本当に絵描きとして認められる、やっていくためには、人々の望みに合わせなきゃ
ならないんだよ!」
 
「分かっているよ。それくらい」
 
雪丸が笑って肩をすくめた。
 
「役人だって同じようなもんだしね。仲良しこよしでやっていくには、何がなんでも
上司の言う事をきかなきゃならない。自分の気持ちは封印しなきゃならない」
 
──で。封印できなかったのがアンタなんだよな
 
 
シムルグは胸中でやれやれと首を振る。
 
つまりこの男は……雪丸京介は認められることも褒められることも出世することも
すべて捨てて、徹底的に自らの理想に従おうとしている……のだろうか。
 
 
「この街では誰もがそれを割り切っているんだよね。認められるため。
生きていくため。そうやってみんながみんな、本当の理由を捨てているんだ」
 
乾いた風が、雪丸と絵描きの間に吹いた。
雪丸の黒髪を揺らし、絵描きのくすんだ金髪をなびかせ。
 
さわさわと道を滑り、大河にさざ波をおこし、森の木々を揺らし、風は空へと消える。
 
「いくら素晴らしい歌だろうと、料理だろうと、絵だろうと。誰がそれを褒めようと、
高い金を積もうと、それは決して一流になり得ないだろうね。本当の高みには
至らない。心のないものには、情熱のないものには、真実の価値はない。違うかい?」
 
迫る夜に、小さな星が光った。
 
「君は今まで売った絵の全てに納得しているかい?本当に描きたくて描いたもの
だったかい?君の絵は……一流だったかい?」
 
「──……一流?」
 
つぶやいた男に、雪丸が両手を腰にあててフフンと鼻で笑った。
 
「どうせ目指すなら、貴族のお抱え絵師なんてくだらない地位じゃなく、一流の絵描きを
目指しなさいよ」
 
そして彼は、またもや空中を漂っていた白い毛玉をぱしっと片手で捕まえた。
いつものような暖かい微笑に戻った顔でそれを絵描きに差し出す。
 
「お守りだよ」
 
「…………?」
 
毛玉を手渡そうとしている雪丸に対し、絵描きは少しだけ眉を寄せ、目を
しばたたかせた。
 
「えぇっと……」
 
困ったように上目遣いに雪丸を見返す。
 
──見えないんだ
 
シムルグは心でつぶやいた。
   
──この人は“けさらんぱさらん”が見えていないんだ
 
 
 
この人だけじゃない。この街の人はきっと誰もこの毛玉が見えていないのだ。
こんなにもふよふよと漂っている幸福の綿毛に、気がついていないのだ。
 
 
 
雪丸が笑みを苦笑に変えて毛玉をぴんっと指ではじいた。
それはまた風とともにのんびりどこかへ流れてゆく。
 
 
「いつか見える日がくるだろうさ。世間の道化師とならない限り、意志を持ち続ける
限り、真の一流を目指す限り、いつかきっとこの子たちが見える日がくるよ」
 
雪丸が笑った。
本当に心から安心できる笑い。
知らず、シムルグの口にも笑みがのる。
 
絵描きは小さく口を結んだまま、天上の夜と稜線の黄昏をじっと見つめていた。
 
白い毛玉“けさらんぱさらん”が幾千と雪のように舞う、その幻想の空を。
 
今はまだ見えぬ至上の美を。
 
一流という言葉の意味を探して。
 
 
◇  ◇  ◇  ◇  ◇
 
 
 
 
「なぁ雪丸」
 
テーブルの下で足をぶらぶらさせながらシムルグはしみじみ言った。
 
「ん?」
 
「随分集めたなぁ〜……」
 
「……あぁ、そうだね」
 
雪丸が傍らの瓶──白毛玉のたくさん入った瓶を嫌そうに見つめる。
 
 
ここは昼間立ち寄ったログハウスの店。
客人用に夕食を出してくれるのはここだけだというので、ぶつくさ文句を言う雪丸を
なだめすかしてやってきた。
 
 
皿が出されるたびにお兄さんが色々説明しに現われ、感想を求めてきたのだが、
雪丸が 「……冷たい」 しか言わないので、デザートの時にはもう来なかった。
 
 
「協会からはありったけって言われたんだけど、……まだ5瓶かぁ。でも僕ここ嫌いだし、
むやみな乱獲には賛成しかねるので、もう仕事は終わり。……これを何に使うんだろう
なんてことより、──アイツラこれが見えるのかね?」
 
要はサボりたいだけなのだろうが……
ニコニコしながら協会の悪口を言いまくる雪丸はコワイ。
 
「な、なぁ……雪丸は何のために役人になったんだ?この保護局に入ったんだ?
役人になりたいからって入ったわけじゃないんだろう?」
 
シムルグはいたって真面目に訊いてみた。
 
「僕かい?」
 
最後に出された紅茶にミルクを混ぜていた雪丸が、優雅な手つきでスプーンを
降ろした。
彼は大演説でも打つかのように背筋を伸ばし、ニヤっと笑い、言う。
 
「数多の幻獣を手下にして、協会をギャフンと言わせるためさ」
 
 
◇  ◇  ◇  ◇  ◇
 
 
 
 
 
 
「仕方ないと理想を割り切った時点で人は二流になる。理想を殺し、安全な地位を
求めるようになったら人は三流になる」
 
野いちごのやぶに囲まれたレンガ造りの街門。
次へ行く雪丸とシムルグを見送りにきてくれたのは、あの画家だった。
 
「世間の波に呑まれ、自分自身が品物と化したとき、もはやそこに救いはない。
絵描きとしての君は死ぬ」
 
「──分かってるよ」
 
 
ムスッとそっぽを向く絵描きに、ホントかねぇ〜?とニヤつく雪丸。
五つの瓶を両腕に抱えたまま、彼はふと真顔になって言った。
 
 
「早くここを出て行きなさいよ?」
 
「……そうするつもりさ」
 
「それならよろしい。この街で一流なのはあの美しい景色だけだからね」
 
そう笑って、天使の顔をした悪魔は瓶の中から毛玉を一匹取り出し、空へと投げた。
 
「君が一流の絵描きになりますように」
 
「はぁ?」
 
ワケが分からないという顔の絵描きをそのまま残し、雪丸は意地悪く口の端を上げ、
回れ右。
メルヘンの街に背を向けた。
シムルグも絵描きに小さく手を振って、彼に続く。
 
もう一回あの黄昏を見たいとも思ったが、雪丸が壊れるかもしれないのでやめておいた。
 
 
冷たいからいらない、とまで言い放って朝食もとらなかったのだ、このヘソ曲がりは。
 
──大人げない……
 
シムルグは大きくため息をついて、足取り軽やかに歩いて行く雪丸をねめつける。
 
──どっちが保護者だってんだ、一体……
 
と、
 
「ねぇ、シムルグ」
 
隣りの街へ続く大きな石畳の街道。
絵描きの姿が見えなくなったあたりで、雪丸がコミカルに眉を寄せてつぶやいてきた。
 
「考え方は人それぞれだって、分かっているつもりなんだよ、僕は」
 
「あぁ?」
 
「歌手になるために歌ったっていい。料理人になるために料理をしたっていい。
絵描きになるために絵を描いたっていい。そんなものは人の自由さ」
 
──言っていることがさっきと全然……
 
「でも僕は、そういうものを見ると悲しくなる。僕はなぜだろうねぇ、そういうものがすぐに
分かる。──そういうものはね、作った人の声が聞こえないんだよ」
 
そして彼は右手の人差し指をくるくると回し、今度は違うことをつぶやく。
 
「あの絵描きさんね。一番初めに会った時、彼が一番初めに描いたっていう絵を
見せてくれたんだ。彼はボツだボツだって言ってたけど、あの絵はものすごい
衝撃のある絵だったよ」
 
言いながら、彼はうなだれて首を振る。
 
「どうしてかな。伝えたいことをそのまま伝えたいと思っても、僕の口から出てくるのは
皮肉ばっかりなんだ」
 
「…………」
 
シムルグはしばし目を丸くして雪丸を見上げた。
彼は前を向いたまま、う〜んと考え込んでいる。
それは真剣な悩みなのだろうか。
 
とりあえず少年は、思ったままを口にすることにした。
 
 
「性格悪いだけじゃねぇの?」

 

 

 

THE END

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いかがでしたでしょうか。雪丸第七話。……ちょっぴり短いのは決して怠惰のせいでは

ありません!!(力説) 雪丸が何度も料理に対していっている「冷たい」意味はお分かり

ですよね。心がない、という「冷たい」です。

けさらんぱさらんについては色々な説がありますな。本文中ではあまり触れていませんが、

植物だとか、本当に動物の毛玉だとかとも言われています。見つけた方は大事にしま

しょうね。幸せを運んできてくれる、可愛らしいアヤカシです。        不二

 

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