the uncompleted legend
THE KEY

第一章 暴走魔導師 1

「ではレベッカ、この概要を説明なさい」

黒板をぺしぺしと叩きながら、コリウス教師が彼女を指した。
瞬間、教室中が凍りついて息を呑む。

「……はい」

ダークブラウンの豊かな髪と、眠たげな目つき、ワイン色の指定ローブをまとった女。
彼女が静かに席を立つ。
背を伸ばすとひとつ大きく息をつき、どこともなく前を見据える。
そして、教科書を丸暗記しているかのように流暢な口調でしゃべり始めた。

「四千年の昔、このシャントル=テアの世界において、魔導師ブラッド=カリナン、剣士セーリャ=クルーズ、そして魔王レジェーラ=フェレストが三つ巴の死闘を繰り広げました。その理由はこの世界の覇権を争ったものとあげられていますが、はっきりとしたことは分かっていません。彼らは相討ちとなって滅びたと言われていますが、その生死を確認したものは無論誰もおらず、彼らが戦ったとされる場所は“魔境”として恐れられています」

「そうね。じゃあレベッカ、その魔境が恐れられる理由は?」

レベッカ。それが彼女の名前だった。
レベッカ=ジェラルディ。それは理不尽の代名詞。

「魔境は、人間がシャントル=テアに根ざした時すでにあったと言われ、その成立・及び構成については、今なお詳しく解明されていません。かの三者が戦場をあの場所に選んだのも、世界に極力影響を与えないようにとの考慮だったのかもしれません。……魔境にはあらゆる魔導生物、いわゆる魔物が住んでいます。歴史調査のために入った魔導師や王都騎士団、あるいは魔導生物の研究のために入った学者やその警護団……無事に帰ってきたという報告はひとつもありません。戻って来たとしても、廃人となっています」

彼女の口調には淀みというものがまるでなく、機械的を越えてどこまでも無機的だった。
不機嫌なのか、眠いだけなのか、空虚な声音。
しかし、教師はさして気に留めていない。

「レベッカ、そのままでいなさいね。あなた、歴史だけはホント得意だから話がよく進むわ。ではネーベル」
 
コリウス教師がレベッカの隣りを見た。

「はい」

通る返事をひとつ、ショートカットの小柄な少女が立ち上がる。

「魔境に澄む魔導生物については諸説があるわね? 何かひとつあげて御覧なさい」

「はい。えぇと〜、今では魔境の恐ろしさを皆が知っているので、誰も……愚かな英雄志願者以外魔境に近づいたりしませんが、昔は我先にと魔境に挑んだ時代がありました。騎士においても、魔導師においても、普通の人間においても、魔境に行きそして帰ってくることが一番の英雄行為だと信じられていたからです。魔境に住む魔導生物は、そうして魔境に入り込んだ人間たちが、何らかの影響で変化してしまったものだという学説があります〜」

「よくできました。座ってよろしい、ネーベル」

コリウス教師――ちょっと太めのおばちゃん教師である――は、満足げな表情で差し棒の先をくるくると動かした。

「その学説にはちゃんとした裏付けがあるわけですが……、まぁそれはいいでしょう。私が教えなければならないのは魔導史学ですからね。その話はデュランタ老師に授業をしてもらってください。もしかしてもう教わったかしら?」

彼女の言葉に、最前列の生徒が首を横に振る。

「そう。あなたは2年生ね。レベッカは?」

「私は学説講義で習いました。デュランタ先生の魔導生物学は現在習っています」

この学校の多くの授業、特に机上の授業は学年混合である。
最終的に試験を通れば、2〜8年生まで、いつ取ってもかまわないのだ。
(一年生は全員同じ基礎授業だが)

レベッカは「魔導生物学」を2年生時取らなかったので、現在3年生にて取っているというわけだ。

「ま、みなさんいつかは習うでしょう。ではレベッカ、王都とこの学校についての歴史を少し述べてください」

コリウス教師が大きな口を思いっきり引き伸ばして、にっこり笑う。
レベッカは相変わらず眠そうな顔で答えた。
その声はいつもの如くよく通り、そしてやや低い。

「はい。このレーテル魔導学校はシャントル=テアの各地にある魔導学校から、さらに高度な魔導を学びたいという者が集まっています。……というのが建前です」

凍った教室にひびが入り、コリウス教師が吹き出す。

「しかしだからといって、ここは別にエリート集団というわけではなく――本当のエリートは各学校を卒業した時点で、個人で師匠についたり王都の役職に就いたりしますからね――だからこそ、生徒会を2つ有するほどの人数を所有する世界最大の魔導学校になってしまったわけです。しかしその大きさ故に、ここは世界最大の脅威となり得ることにもなってしまいました。もちろん王都はすぐにそのことに気づき、図らずも世界には王都対レーテルという構図が出来上がったのです。ま、現在はレーテルが王都の管轄下に入るということで事なきを得ていますが」

「はい、ありがとうレベッカ。座ってよろしい」

コリウス教師が手のひらを下にして座れと示し、伴って声を大きくした。

「なんだかズバッといわれた感もありますが、そういうことです。敵意がないことを示すために、王都の管轄下に入ることを承諾したわけですが……研究費がなかなか取れなくてねぇ。昔は色んな事して集められたのに、今じゃ王都がうるさくて!」
 
コリウス教師はおばちゃん口調になりながら、ぷんすか『王都』『レーテル魔導学校』『魔境』と書かれた黒板を差し棒で指した。

「このみっつはシャントル=テアの歴史を語るうえでとても重要です。魔境とこの学校についてはもう今まで講義してきた通りですし、レベッカが言ってくれたとおりです。次回からは王都の歴史についてお話しようと思います。ではみなさん、もうすぐ“反乱”の日がきますから、講義も休講・外出も禁止。さぞかし暇なことでしょう。そこで、レポートの課題を出します」

楽しそうなコリウス教師。顔がうきうきしている。
対照的に、古びた教室45人の卵魔導師たちは一斉に無言のため息をつく。
無論、レベッカも。

「王都の騎士団創設について五枚程度にまとめなさい。……そうね、提出日は次のこの講義の時間。その終わりまでに出すように。一回休講が入るから大丈夫よね?」
 
『はーい』

それは実に気の無い唱和であった。
しかし先生は素知らぬ顔。
チョークの粉がついた差し棒の先っちょをハンカチで丁寧に拭く。

そして、

「ではみなさん、次回の……」

教師はいつもの通りの締めくくりをしようとして――だがそれはひとつの声によって遮られた。
ぎょっとするほど張りのある凛とした声に。

「先生。質問があります」



彼女の名は、レベッカ=ジェラルディ。




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