- 「マズイですね」
「マズイ、か?」
「はい、とってもマズイです」
「どのくらい?」
「言うなれば──」
「言うなれば?」
「──最終回ってところです」
「……そいつはマズイな」
「えぇ、とっても」
レベッカはアホなやりとりをしている男ふたりを黙って見つめていた。
右手で今日の宿題をやりながら、左手でコーヒーをかきまぜる。
ついでにその前には、自ら買ってきたミルフィーユがちんまりと皿にのせられ置いてある。
雑然とした生徒会室。
窓の無い最悪な部屋。
本と書類とファイルに埋もれた本棚。(時々年代モノの変色テストが見つかる)
何があるのか分からない簡易キッチン。(賞味期限切れのお菓子やコーヒーがあるので要注意)
- ガタガタの椅子。(すでに何度か魔術で治療済み)
そんなわけでただひとつ浮いている新品のテーブル。(会長のポケットマネーより)
「もう最終回か?」
「──巻き返すことは……できるわけでもなくできないわけでもなく」
(結局どっちよ)
レベッカは視線を険悪にして意志を示すが、ふたりは素知らぬ顔で会話し続けている。
無意味で、微妙に噛みあっていない会話。
「魔術は?」
「使用不可です」
「ほぅ……」
「あるいは何もしないのもひとつの手かと」
「それはダメだろう」
「ダメですかね?」
「だって最終回なんだろう?」
「そこをなんとか」
「なんともならんな」
「では、最終回っぽく……というところで手を打ちましょうか」
「だが最終回には変わりあるまい?」
「御意」
……彼らの会話は不毛である。
レベッカはふたりを見つめ続けて言った。
「真面目に話してるの?」
『もちろん』
「──で、それは何の話?」
「話?」
黒コゲ気味になった男が半瞬上を向き、そして再び彼女に視線を戻した。
黒髪にサングラス。掟破りのロング黒スーツ。そして20を超えている沈着に、長身だからそこはかとなく裏人間。
サングラスの下に潜む紫の双眸は泣く子も黙る切れ味。
おまけに上に立つ手腕は、こんな常識外ればかりが集まるような学校でありながら、なんだかんだ言いつつあらゆる暴走を枠から決して出すことはないことからも、抜群。
特に思慮深いというわけでもないのだが、各所における判断がどうにも的確すぎるのだ。
そして彼は魔術の腕も一流だが、剣においてこの男を凌ぐ使い手はこの学校にはいない。
- 互角に打ち合わせる輩──もう片方の生徒会、チェンバース生徒会会長殿の存在を許すとしても。
4年生、シャロン=ストーン。
その男、王都が欲しがる希代の魔剣士。神聖なる投票でなるべくしてなったメディシスタ生徒会会長。暴走風紀委員長さえも抑えつける、名君。
「あぁ、そうか。今の話か」
シャロンがなるほど、と足を組む。
ぎいっと椅子が軋み彼はあからさまに眉をひそめる。が、そのまま続けてきた。
「……おまえにも考えてもらいたい」
「?」
「来週末の総会で、この生徒会への不信任案が出されるらしい」
「へぇ?」
レベッカの茶色の瞳は輝く。
「不信任案?」
「──新聞部の集計によると、賛成80%。ほぼ成立間違いなしだそうです」
横から涼やかな声が割って入った。
振り向けばさっき焦がしたもう片方──ハイネス=フロックスがレベッカの背後に立っている。
-
- 「提案者は3年生のアスト=ミスペル嬢。あのプラチナブロンドの美人なお嬢さんですね。きっと女神とはあの人のような女の人を言うんですよ。美しく、気高く、神秘的で……」
どごっ
分厚い歴史の教科書が男の顔面と衝突。
彼は反論する間もなく、問答無用で床に沈んでいった。
無論投げたのはレベッカ。
「すごい音したな、今」
シャロンが少々引き気味に汗をたらし、レベッカは憮然として一言。
「敵を褒めた罰」
「レベッカ〜、敵っていうのは言いすぎじゃありませんか?」
さすが先輩というべきか、額をすりすりとさすりながらも金髪美人はすぐに蘇生した。
「でもなんで今更不信任案がでるわけ?」
レベッカが口を尖らせながらコーヒーのカップをゆらゆら揺らすと、ハイネスがやけに冷ややかな視線を向けてきた。
「本気で言ってますか? レベッカ」
「……あ。もしかして、この間やった“激走闇鍋魔境越え3日間耐久レース”が不評だったとか?まぁ確かに負傷者も出ていたみたいだったけど」
でも、と彼女はカップを置いた。
「参加者は希望者のみだったじゃない? それなりに自信のあるヤツが出たんでしょ? それなら自分で自分の責任くらい取ってくれなきゃ。自分が弱いせいで怪我しといて、生徒会のせいになんかしてほしくないわね」
「そうだな」
ミもフタもないシャロンの相槌。
「負け犬の遠吠えってヤツか」
「そんなことじゃなくてですね……」
ハイネスがささやかな反抗を試みてきた。
「じゃあ何?先月の“炎の勝ち抜きデスマッチ”がいけなかった? けっこうみんな楽しんでたのに」
「だがあれは負傷者の数が尋常でなかった……。少しはこっちにも責任があるかもしれんな」
「そうね。リングが火の海じゃ、ちょっと危険だったかもね。でも名前だけっていうのもナンかヤル気出なかったし」
「それでもなくてですね……まぁそーゆー数々の無謀な企画も影響しているんでしょうが」
-
- 「ハイネス先輩〜。まさか忘れてないわよね? “チョコレート争奪校内テレポート厳禁オリエンテーリング”。あれいっちばん不評だったじゃない。定番化支持率2%だなんて! しかもほとんど女子票!! アレ、最初に提案したのハイネス先輩だったでしょ」
レベッカは、ねぇ、とシャロンに同意を求めた。
無論、彼は大仰にうなづいている。
「さすがにあれは辛かったな」
その企画を通したのが自分たちであることは、記憶にない。
「──そんなことはどうでもいいんです」
とうとう限界か、ハイネスが手にした書類をばしっとテーブルに叩きつけた。
レベッカたちに口を挟ませまいと、険しい顔でその鮮やかな碧眼を細くしている。どうやら精一杯怒っていることを表現しているらしい。
彼は腰に手をあて、疲れた口調で言ってきた。
「おふたりは、最近メディシスタで生徒の失踪が頻発していることを御存知ですか?」
レベッカとシャロンは彼の言葉に顔を見合わせた。
メディシスタの生徒の失踪。
……失踪。
ふたりは全く同時にうなづいた。
「えぇ」
「あぁ」
『知ってる』
そしてレベッカはぽんと手を打つ。
「もしかして不信任の原因ってそれ?」
と、顔を明るくしてからしかし瞬時に眉根を寄せる。
「……でも」
彼女は理解し難いという表情のまま続けた。
「それって別に生徒会の企画じゃないわよ?」
ばさっ
ハイネスが呆然と書類を落とし、天井を仰いだ。
◇◆◇◆◇
このレーテル魔導学校は、脅威的な力を有している。まだまだ卵とはいえ、膨大な人数の魔導師を有しているのだ。どんなに両手をあげて見せようと、王都に睨まれるのは仕方ない。
加えて、この学校は驚愕的に不自然な校舎の造りをしている。
魔物の住む広大な森、魔境“ナックハイト”を取り囲むようにして、真東に一棟、真西に一棟、真南に一棟、そして真北に一棟。
この配置に関しては、それこそ驚くべき数の噂や伝説がある。
この学校が魔境の拡大を抑える魔方陣の役割をしているのだとか、魔境は昔何か別のものであり、学校が四方から封印しているのだとか。
しかしコリウス教師の言に基づけば、どれにも事実を表す証拠はなく、単なる伝説の域から出ない。
-
- もちろん生徒たちはテレポートの印から棟を移動し、教室を移動するわけであるが……もし徒歩などという手段を使っていたら、遅刻どころでは済まないことは一目瞭然。
そして一万人を軽く超えると言われているその生徒の多さから、この学校は東・南棟のメディシスタ生徒会、西・北棟のチェンバース生徒会──生徒会はそのふたつに分かれているのだ。
昔からふたつに分かれたものというのは大抵仲が悪いと相場が決まっているが、このふたつも例に漏れずその通り。
絶えず相手を失脚させることを考え、あわよくば統合してしまおうと目論みあっている。
おまけに今期は双方のメンバーが最悪。
なるべくしてなったメディシスタのシャロン会長、不気味に成り上がった暴走風紀委員長レベッカ。
対するチェンバースはシャロンと同年、チェンバース首席のフェンネル=バレリー会長。そして何かというとレベッカを敵視する、金髪マドンナ・マグダレーナ=ミリオン評議委員長。
──……荒れるな…
初心表明の総会で、生徒全員ため息をついたという。
あくまでも、選出したのは彼らであったのだが……。
「失踪……。どうせチェンバースがこっちの生徒さらってるんじゃないの? あっちの生徒会室を家宅捜索してみたら?」
「レベッカ」
「……はい」
諌めたシャロンの声に、レベッカは肩をすくめる。
「これは全くの不可抗力なんですが」
その機を逃すまいと、ハイネスが会話に割り込んだ。
「この失踪事件に対して、生徒会の対応が悪いという不満が積もっているそうなんです。やる気がないだとか、実行力がないだとか……あるいは弱い者のことを考えていない、とか……」
彼は嘆息しながらぺらりと書類をめくる。
「おまけに失踪事件に関しては、王都も関心を寄せているようで」
「王都?」
促したのはシャロン。
サングラスのせいで表情は分からないが、一応それなりに危機感はあるらしい。
「この間視察に来た王都の役人が、『これほどの事態に対して何の策も取っていない生徒会を、どうして君たちは野放しにしておくのかね?』って言ってくださったらしくて」
「フン」
(誰が失踪したのかさえ教師会から教えてもらえないってゆーのに、どんな策を立てろっていうのよ)
-
- レベッカは憤りを隠そうともしないでハイネスを見上げた。
「それで、愚民どもは部外者の意見にホイホイ賛同したわけね?」
「語弊はあると思いますが……まぁそんなところです」
「対策を立てていないのは事実だがな」
シャロンが笑った。
頬杖を付いて、自嘲気味にふっと息をつく。
「まぁ不信任案賛成80%まで煽られた者たちに何を言っても通用せんだろうなァ、今更」
「学校の極秘主義の弊害ってとこね。何人失踪したのかも、状況も、共通点も分からない──私が知っているうちではすでに8人消えているらしいけど──。壇上で何を言っても言い訳にしか聞こえないでしょうね、彼らには」
「そういうことだ」
軽い沈黙。
「──マズイな」
「マズイわね」
「非常にマズイです」
また沈黙。
そしてそれを壊さぬほどの声で
「そういえば……さらに悪いことに──」
シャロンが一端言葉を止める。
黒衣の剣士は確認するようにカレンダーを見やり、声を絞った。
「“反乱”が近い」
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