the uncompleted legend
THE KEY

第三章 真夜中の攻防 1

ッギイン

薄暗い夜闇の中で凍った銀色の光が閃き、耳を痛ます金属音が眠りの学校を斬り裂いた。
ゆるやかな曲線を描く美しい刀身が捕らえたのは、同じく冷たい銀色をした錫杖。
古の奇妙な紋様が所狭しと刻まれ、先端には紅蓮の炎を凝縮したかのようなルビーがついたそれは、すんでのところで剣を受け止めていた。


息を止めた少しの間があり……

「いきなり斬りかかるってどういうことよ」

「レベッカ、お前気配を消して後をつけていただろう」

響いたぎすぎすな女の声に、呆れ調子の男が闇の中から返事する。

『光よ、私の道を照らしなさい』

彼女は彼の台詞を無視するように呪を唱えた。


魔導とは、呪を使って自然の法則に干渉し、物理現象の奇跡を導くものである。
しかし個々によって自然にうまく働きかけられる言葉は違う。
血筋なのか性格なのかそれとも他の何かが関連しているのかは解明されていないが、とにかく呪文というものは暗記すればいいだけのものではないのだ。
他人が炎を出せる言葉だからといって自分も出せるわけではない。
古の禁術だからと言って、本の呪文を読み上げただけで術が発動することはほとんどない。
だから各個人で研究し、自らレパートリーを増やしていかなければならないのである。
古書を読み、数え切れない程の奇跡の具現を知り、言葉を探し、そして自らもそれを扱えるように訓練する。
……それが魔導師の本質。

難しいことはともかく、彼女の呪によって手のひらサイズの光球が、夜の静まりかえった廊下に具現した。
音もなく光と闇の調度境目に浮かび上がる黒衣の剣士──あきれたままの顔をした、シャロン=ストーン。

「後つけてたの、分かった?」

レベッカは悪びれもせずあっけらかんと首を傾げた。

「たかが魔導師。お遊びに気配を消したくらいで、剣士に気づかれないとでも思ったか?」

「いいえ」

もちろんいくら傍若無人な彼女だってそんな虫の良いことなど思っていない。
校内一の剣士を前にして、それはあまりにも身分違いだ。
しかし……。

「気づかれるとは思ったけど、斬りかかってくるとは思わなかったわ」

思いっきりとげとげしく言ってやる。
が、

「フン」

それに対して彼は鼻をならしただけだった。
そして苛立たしげに続けてくる。

「で、何の用だ? こんな夜中に。それも剣士の背後を取るようなバカな真似をせにゃならんとは、そんなに大事な用なのか?」

──そんなにつけられたのが嫌だったのかしら

「あなたがこんな夜中に何してるのか確かめに来ただけよ。一端家に戻ってからわざわざまた来たんだから、私も仕事熱心な魔導師よね。そーゆーところを先生たちは全然評価してくれないんだもの。今日のフェンネル会長だってそう。みんなして私をバカにして! 家に帰って夕食食べたらもう仕事のことなんて忘れたいじゃない? 普通」

彼女は寮生ではない。無論、シャロンも。

「…………」

「あなたも剣士なら分かってるはずでしょ。今度の反乱はいつもと違う。まだ日にちがあるっていうのに、魔境はもうすでに殺気が満ちている。それどころか……安全なはずのこの校内にまで異質な殺気が漂っている」

レベッカは目を細め、両手を広げ、凛とした声で歌うように言った。
ひんやりとした夜気が彼女をとりまき、ほのかな光に照らされた吹き抜けのホールが、暗々とその声を反響させる。
槍を持った歩兵。馬上で剣を振り上げる騎士。杖をかざす魔導師。無機質な立像が隙を狙うかのようにふたりを見下ろしていた。

「敵はチェンバースじゃない。不信任でも、王都でもない。……魔境がおかしいのよ、校内がおかしいのよ。生徒の失踪がどう絡んでいるのかは分からないけど、それだって放っておくわけにはいかない。──あなたなら分かってるわよね?」

レベッカは言って、闇わだかまる天井を仰いだ。
そして舞台台詞を続ける。

「今は非常事態。見えない相手はゆっくり私たちに近づいている。息を殺して、……そう、眠っていた竜が目を覚ますが如くにゆっくりと。だからこそあなたは私の辞任を認めた──違う?」


魔境。そして反乱。
それがこの学校がここにある全ての理由である。
噂でも伝説でもなく、ただ純然たる理由。
魔境ナックハイトは魔物の巣窟。淀んだ魔力の溜まり場。言うならば、常に広がりを求める毒の森。それが世界に影響しないよう押さえ込んでいるのがこの学校、というわけだ。
力ある魔導教師や生徒が集まるレーテル魔導学校は、世界と魔境とを分かつ結界。
だからこそ、四方に分散するという面倒な建物の造りになっているのだ。

──しかし、一年に一度“反乱”と呼ばれる時期がくる。

魔境の力が強まるのか、それとも学校の結界が弱くなるのかは不明だが、一年に一度だけ一週間ほど魔境が暴れる時期がある。それがいわゆる“反乱”。
どうにもセンスのない呼び方だが、伝統は伝統で仕方ない。もっとも……呼び方を変えたからといって何かが変わるわけでもなし。

“反乱”の時期になると、教師たちは結界を強めるためにそれぞれの棟地下にもぐり、一斉に呪文を唱え始める。(そのため授業は一週間以上休みになるわけだ)

──反乱。

魔境が世界を喰おうと触手を伸ばし、活発になった魔物が人や都市を襲う、時期。
王都の騎士団・剣士団・魔導師団もこの時ばかりは持てる軍事力をフル稼働。各都市軍も都市を包囲して都民を守るのだ。
人間と魔境との短き大戦争。

どぎつい緑色をしたとげとげ蔓植物が地を割り、壁を覆い、学校を破壊する。魔境に迷った人々のなれの果てだという魔物たちが、結界を張る教師たちや自らの行く手を阻む生徒を襲う。7、8年生の上級魔導師たちが総出でそれを焼き払い、学校はまさに戦場と化し、世界は戦いに明け暮れる。

実技訓練というにはブラックすぎる、凄惨な現実だ。
レーテル魔導学校。それは世界の砦であり、──裏を返せば最大の犠牲地だった。


「魔境を直に押さえ込んでいるこの学校は“反乱”でのダメージが大きすぎる、けれど離れている王都は逆にこの時期がレーテルを完全に手中に収めるチャンス。“反乱”の一週間、学校はただでさえ二重の敵に見舞われるわ。──でも今回は違う」

レベッカは闇の中で薄く笑っている自らの上司……だった男をねめつけた。

「もうすでに何件か魔境外で魔物に襲われた報告がなされているらしいし……そんなこといつもじゃあり得ないでしょ? それにさっきも言ったように校内におかしな殺気が漂っているわ。かすかだけど、確実な殺気がね? ついでにアナタ。近頃態度が不審なのよ。サングラスははずさない、コーヒーにレモンなんか入れる、しかも変化呪術の論文は落とす……シャロン、あなた何か隠してない?」

「……何が言いたい」

硬質の、冷たい輝きをした──さっきの刀身のような問い。
いや、それは問いかけというよりも怒気の混ざった断定だ。

校内最強の魔剣士、シャロン=ストーン。
この男を敵にまわした時の恐ろしさはレベッカ自身知っていた。
それを知った上で敵にまわっているフェンネル=バレリーはある意味尊敬に値する。

「…………」

レベッカは神経を防御に集中させてじっと押し黙った。
闇に浮かぶ鷹の目。そんなシャロンの脅威を真っ向から受け、それでも悠長に胸中で笑んでみる。

──私は何を信じている? 私自身? いや違う、私はこの会長の強さを信じている。
  剣の強さじゃない、芯の強さを。

  そして私は──誰から何と言われようと……そう、大人げないとか、あなた程の人がとか、そんなちょっとした軽蔑さえ含まれた言葉をいくら受けても……まだ信じている。

  『始まりの鍵』。その伝説を。
  終わりなき未完の伝説。それが何を導くのかは誰も知らない。私も知らない。

  だからこそ──信じるに値するのだ。


  なぜならその鍵は今──私のもとにあるのだから。


  全ては私の手の中にある。
  伝説も、学校も、王都も、魔境でさえも。
  私は今、そう信じている。
  傲慢か?

  ……それでもいい。

  どうせ結末は誰も知らないのだから、それくらいスケールでかく考えたって、誰も反論できやしない。
  信じることは力になる。
  どっかのエライ人が、そんな事、言っていなかったかしら?


レベッカはくだらない心の演劇を止め、シャロンが何も言おうとしないのを見て一笑する。

「だから。あなた、何か隠しているでしょって訊いてるの。そうやってぶっきらぼうにはぐらかそうとするの、会長のクセよ?恐いオーラだして“何が言いたい”って凄む時は、いつだって隠し事してる時なんだから。上手く交わそうったって、この私には通用しないわよ」





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