the uncompleted legend
THE KEY

第五章 王都の使者 1

翌日からは“反乱”を控えて、全授業が休講だった。

上級生はそれぞれ交代で校内の巡回をし、下級生は普段下宿している者もすべて、学校で寝泊りする。下手に下宿でひとりでいるよりも安全だからだ。(魔導師のクセにお笑いだが、下級生は仕方ない)

そして外出は禁止。校内には色々な売店もあるが、それでも人というのは閉じ込められているのが嫌いなものである。廊下や教室は、狭っ苦しい寮から背伸びをしに来た生徒たちで賑わい、ざわめいていた。

そんな中を目立つ女生徒がふたり、ずかずかと歩いて行く。

「シャロン会長どこに行っちゃったのぉ?」

「さァね」

彼女が通れば誰もが道をあける。
ワイン色のローブをひるがえし、レベッカ。

「さァね……って、レベッカ、王都の人が来るっていうのに先生達はいないわ会長はいないわでいいの?? やっぱ日を改めてもらった方がいいんじゃないのォ?」

横を歩くのは小柄なネーベル=ケルトリア。
颯爽とは言い難い小刻みな歩みだが、こんなにも普通にレベッカへと異論を唱えられるのは彼女くらいしかいない。

「向こうが日なんて改めるワケないじゃない。先生たちがいない時を狙って来てるんだし。それにもう彼らは学校に着いてるんでしょ? ……でも副会長と風紀委員長ってのは肩書きに箔
(はく)がないわねぇ……ハイネス先輩は?」

「4年生の警備指導してる〜」

「ンなものどうでもいいのに。しょうがないわね、フェンネル会長は?」

「今日休みなんだって」

「休みぃ!?」

思わず彼女の声が裏返る。

「こんな時でもなきゃ完全休業できないからだって。下宿で寝てるよって4年生の人が教えてくれたの。まぁ確かに昼は生徒会、夜は勉強ですんごく忙しそうだもんねぇ」

ネーベルもレベッカも、会長職の忙しさはシャロンを見て知っている。
彼でさえ二週に一度くらいは全休(下宿にこもる)するのに、フェンネル会長はそれすら
していない──いわば年中無休状態。

しかしレベッカはにべもなく言い放った。

「叩き起こしなさい」

「……可哀想」

「こんな時に休んでどうするのよっっっ!」


──あの男は学校が魔境に侵食されつつあることを知っているはず。
  なのに下宿で惰眠を貪るって、一体どーゆー神経してんのよ!?

「今更呼んでも間に合わないでしょうけど、叩き起こすのよ。王都には肩書きが一番効くんだから。私やあなたがいくら御託並べたってダメなの。私手製の目覚ましハーピーを飛ばしてやろ。耳元で金切り声あげて叫ぶのよ、実用的でしょ? どんな奴だって絶対起きるわ」

「…………」

ネーベルの呆れた視線を無視しつつ、レベッカはローブの中から小さな人形を放り出す。
日頃の研究成果であるそれは、ためらいもなく可哀想な被害者の元へと一直線に飛び去っていった。

「で、マグダレーナは?」

「たまった研究を片付けているみたい。休講明けに発表が重なってるんだって」

「まぁ、ヒマってことだろうけど、アレがいるとややこしくなるからいいわ」

レベッカは表情ひとつ変えずに切り捨てた。
マグダレーナがその場に居たらさぞかし怒り狂うだろうが、無論居る場でそんなことを言ったりはしない。両手に抱えた山積みの問題の上に、彼女とケンカをするのも面倒臭いのだ。

「全く、どいつもこいつも使えないんだから」

ネーベルは思う。

──どうして一番使えないレベッカが、こんなにも働いているのだろう? 、と。

その時。

「レベッカ。レベッカ=ジェラルディ」

年輪が刻まれているしゃがれ声が恐れ多くも彼女の歩を止めた。

「デュランタ先生。どうしたんです? 地下にいらっしゃったのでは?」

「いやいや、今日はひとつだけ補講が残っておってな」

背の小さい、真っ白なひげをたくわえた、おじいちゃん先生。それが魔導生物学
のデュランタ教師である。
彼の深い青色のローブはゆったりしすぎていていつでも床磨きをしているが、当人は気に入っているらしくそれ以外のものを着ているのを見た事がない。
彼はチョークで汚れた手をローブでこすりながら続けてきた。

「それよりレベッカ。この間のレポートのことなんじゃが」

「期限までには提出しましたよ?」

「君は確か“魔物の大公・アガレス”について、じゃったな?」

「はい」

「君は魔の大公がひとり、変化王“アガレス”が魔王レジェーラ=フェレストによって封じられたと論じておったと思うが」

「争いを好まなかったという魔王は、強き魔公をすべて封じてしまった故に、かの三強の闘いがあるまで王都と諍いなく平穏に存在し得たのだというのが一般論ですよね? それくらい調べましたよ、私」

急いでいることを伝えたいレベッカは高速でしゃべる。
が、デュランタ教師にはその意が全くもって伝わっていないらしかった。
研究好きな人間というものは一様にそうなのだろうか、自分の範囲についてしゃべり始めると周りが目に入らない。

「いささか安直な結論ではないかな? 君はレジェーラ=フェレストを神格化しすぎておるような気がしてのぉ」

「そんなことありません」

「いや、君だけじゃのうて……世界全体が彼を崇めすぎているような気がしてならんのじゃ。ワシは魔公すべてを封じられる程の者が世界にいるわけはないと思うておる。魔公は魔物の中でも魔王に次ぐ力を持っておる者達じゃぞ? 力も知識も能力も半端ではない。もし魔公すべてを封じられるなら、世界はその者の手にあるべきだとは思わんかね?」

「それは魔王の目的が平穏にあったから、未だ世界が王都の手にあるのでは」

教師は白チョークがついたローブを気にしながらも、レベッカの言を遮った。

「そこが間違ごうておると言うのじゃ。誰に魔王が平穏を好むなどということが分かる? それに、じゃ。魔界の大公ともあろう者達がまとめて魔王に封印されたなど……いかにも英雄伝承
(ヒロイック・サーガ)ボケしておる。常識で考えてみぃ」

「……分かりました、先生。この間もコリウス先生に現実的に物を言えと怒られたばかりなんです。そのお話、講義が再開しましたらゆっくりとお聞きします。──今日は急ぎなもので」

「コリウスに怒られたとな。ふぉっふぉっ、夢見な年頃かの?」

デュランタ教師は呑気に笑いながら去っていく。
そして後には虚ろな表情のレベッカが残された。

「書き直しだったらいいんだけど」

「思いっきり先生の専門に触れちゃったみたいねぇ、レベッカ。あの先生、自分の専門に関してはウルサイんでしょ〜?」

「らしいわね……。点数くれるかしら」

ふたりとも、デュランタ先生に王都の相手をしてもらおうとは微塵も考えなかった。
手っ取り早く言えば、戦力外である。
彼は交渉には向かないのだ。
人には向き不向きがあるのだから仕方ない。

「あーあ、もう疲れるわね、まったく!」


◇  ◇  ◇  ◇  ◇



第一応接室。

レーテル魔導学校の中で最も──理事長室よりも──豪奢な部屋。
無論レベッカやネーベルも入るのは初めてである。
その大きな扉の前でふたりは顔を見合わせた。
中から声がしていたのだ。
ふたりの男の声が、しかも堂々と。

「ですから、閣下には今日中にお話をまとめていただいて王都にお帰りいただかないと……」

「どうして?」

「王の厳命です」

「……今日中なんて無理に決まってるでしょ」

「あなたは今までどんな調停もやってこられたでしょうに」

「…………」

「ここを宮廷魔導師の配下にするくらい、閣下にはたやすいことでしょう?」

「知ったような口を聞くんじゃないよ」

──閣下。

それが自分達と対する王都の使者であることは間違いない。
だがその声はあまりにも……やる気がない。
やる気はないが、美しい。例えれば散りゆく桜のような声。

儚く、妖艶な。

「今日はもうお昼を過ぎているんだよ? これからどれだけこちらの方と話し合う時間があると思っているの? 王に今日中は無理だと伝えなさい」

「ですが閣下」

「では僕が連絡しようか?」

「あ、いえ。そういうわけには……」

「では早くしなさい。それからそこの扉を開けて差し上げなさいよ。魔導師のタマゴさん達がお見えです」

レベッカとネーベルは、再度顔を見合わせた。
互いに目を点にしていると、扉がすっと開く。
立場が逆ではないか? そう思う間もなく。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇



部屋の中は異様な空気だった。
質そのものが外とは違う。
それは漂う紫煙のせいなのか、それともそこに座っている客人のせいなのか、レベッカは思わず息を呑んだ。

「あなたが王都の使者、ですか」

横で聞こえたネーベルの言葉は無意識の感嘆。
だが、

「──……そうだよ」

彼は律儀にも肯定してくださった。
それ以上ないくらい面倒臭そうな──よく言えば穏かな、声音で。
そして何の感慨もない無表情な顔で。

「僕はイーサ=レオリオ。王都の調停官──いわゆるゴタゴタ片付け係」

「閣下!」

諌める兵士にも、彼は視線さえ動かさない。
ソファの端で足を組んだまま、明後日の方に向かって煙草をふかしている。

流れるような長い銀髪、すっきりと整った鼻梁。形よい眉、そして鋭い切れ長の双眸。
適当に伸ばされた前髪の奥には、右が金色で左が淡い青色の瞳がのぞく。
絵画の中でしかお目にかかれないような、まるで幻想の住人である。
まさにそれは完璧なる美。
目を細めて紫煙を吐き出す様など目を見張るほど。彼の動作すべては流れる
ように切れ目なく、かといって気取っている風が微塵もないのだから憎らしい。

そんな彼が王都の調停官?
調停官といえばあちらこちらに出向かなくてはならないハードな役職。高官とは言え、名よりも実務が重い。無論、やり手はない。

──美が過ぎて王に疎んじられたのね

レベッカはため息混じりに男をもう一度観察した。

紋章入りの肩プレートやら、銀糸がふんだんに使われたマントやら、さすがに王都の高官だけあって衣装もゴージャス。もともとは騎士服をベースにしてあるのだろうが、この人は故意に召喚士的な装束にしている感もある。
剣も腰にはない様子。

自分を守る気さえないのか、それとも剣などなくとも守れるのか……。

そんな彼は煙草を口にくわえたまま──煙草は魔導師が独自に調合した、いわば薬のようなもので、能力を封じる・あるいは高めるなどと言った効果をもたらすのだ──眠そうな鷹の目をすっとこちらへスライドさせた。
やはりその顔には感情のカケラもない。

「王都からね、ここを宮廷の支配下にするように言われてきたんだ。経営権、あるいは自治権を宮廷に差し出せってことなんだけど……嫌だよね?」

彼は重たそうに言葉を紡いだ。
うっとりする音色で、棒読みな口調で、そして思いっきりなげやりに。

レベッカとネーベルはまたもや顔を見合わせる。

──この人間、一体何なのだ?





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