White Hazard

第五章 「乱心」 中編

 

その夜、奥殿にある謁見(えっけん)の間には久々に明かりが灯された。

本城とは違い、奥殿には城内関係者の中でも限られた者しか出入りが許されない。故に、過去この謁見の間に足を踏み入れた者もそう多くはないはずだった。
そこに今自分が立っていることを素直に感動すべきか否か……。
RJは一度目を閉じ、ゆっくりと開いた。


仰いだ白き大理石の段上。玉座にいるのはもちろん、皇帝セレシュ=クロード。相も変らぬ冷気をたたえ、蒼の双眸でこちらを見下ろしている。
そして彼の脇には、宰相イェルズ=ハティが控えていた。全くの無表情に刃物の衣と気品の香りを同居させ、彼もまたこちらを見下ろす。しかし彼を守護しているはずの姉は──姿を見せていなかった。部屋のどこかにはいるのだろうが、分からない。
伝説の暗殺者RJをもってしても、だ。さすがは姉。

「兄上、どうするおつもりです」

玉座の下にはRJとカースとを含めて六人が膝(ひざ)を付き、セレシュの言葉を待っていた。
待ちきれず声を上げたフォール=クロードに、名も知らぬ金髪の武道な女。これまた名も知らない優男とご老体。

そして──ひとり立ったままでいる視線の的は、インペリアル・ローズ。


「宰相の命が狙われ、ローズがロベリアに手を上げる。覇道の世とは、騒々しいものだな。……宰相」

「はい」

「ロベリアの具合は」

「現在お休みになっておられますが、命に別状はなく」

「…………」

世界の初めから凍り付いていたのだろう皇帝の蒼眸が、ローズを経由しフォール=クロードに降ろされる。
その意を汲んで宰相が口を開いた。

「皇子。その時の様子を説明していただけますか」

「説明もなにも、分かりきった事実じゃないか」

皇帝セレシュ=クロードを人並みにまで軽量化した若者。それが皇帝の弟君、フォール=クロードが他に与える印象だろう。
兄が恐怖と畏怖の権化ならば、弟は安堵をもたらす。
本人たちはどう思っているか知らないが、やはり兄弟といったところなのだ。ひとりでは欠ける部分を、もうひとりが補うように出来ている。

「俺とロベリアが歩いていたら、この女がどこからともなく現れて、警告もなしに廊下をぶち抜いたんだ」

「ローズ」

「…………」

皇帝の声に白の女が漆黒の目を上げる。

「どちらを狙った?」

「ロベリア・キャプシーム」

いつもの如く、悪びれた様子の一切ない返答だった。
だが彼女は、理由を弁解を続けようとはしない。
皇帝はただ目を細め、宰相が小さな吐息をついた。

「オズワルド司法長官、率直にお答えいただきたい」

「……なんなりと」

進み出たのは黒い官服を召した老爺。

「この場合、通常貴殿はどのような裁きを下しますか?」

「帝国反逆罪を適応し、極刑。あるいは獄刑ということになりますかな」

獄刑とはつまり、死するまで牢獄にいろということだ。

「ただし──、ローズ嬢が皇帝陛下に反逆するなどとは到底思えませぬ」

(ヨボヨボのじじぃかと思ったが……)

RJは胸でつぶやきながら老爺を見やる。

(なかなか、したたかだ)

「ロベリア姫を狙った理由をお聞かせいただけないうちは、もしお聞きかせいただけてもその事実が確認できるまでは、拙(せつ)に嬢を裁くことはできませぬよ」

「そうですか」

失望の欠片も見せずどこまでも穏かな顔のイェルズ=ハティ。だが内心は苦虫を噛み潰しているに違いなかった。
皇帝の独裁を阻止しようと“法”をその盾にしたくとも、巧みにかわされ使えない。
肝心な時に、法は動かない。

「司法長官も陛下のご指名なの。いくら宰相がやり手でも、一筋縄じゃいかないわけよね」

「…………」

耳元で姉の囁く(ささやく)声がした。

「お城の中って面白いわよ。すれ違う人みんなが、顔とは違うことをお腹の中に持ってるんだから。挨拶も社交辞令も何もかも、全部が腹の探り合い」

首をひねると、右肩に小さな紫色の蝶がとまっていた。
RJは叩き落としたい衝動を抑えて、言う。

「あの金髪女は?」

「ルビー=ヴァレン帝国右軍将軍。今朝、左軍のベルト将軍が陛下の怒りに触れて牢獄行きになったから、実質的に今は彼女が軍の最上位ってことになるわね」

「じゃあその横の細い男」

「彼は近衛隊長のノクティス=セレスティア。陛下が指名したわけではないみたいだけど……成り行き就任ってトコかしらね?」

「成り行き、ね」

どこか親近感を覚えてRJは男を見た。
全体的にこじんまりとして、水彩画な雰囲気をした人間だ。宰相の上品な柔らかさとはまた違った和み。はっきりしない水色がかった髪に、皇帝とは対照的な深い青の瞳。この帝国成立以来着ているのだろうか青の近衛制服は板についているが、いかんせん手にした銀の槍がそぐわない。

「しかし近衛兵の親玉を成り行きで決めていいもんか?」

「出生は不明だけど、陛下に蹂躙(じゅうりん)されたどこかの国の兵士だったらしくてね。腕は確かみたいよ? 槍を使わせたら無敵だって」

「無敵なのにセレシュに負けたのかよ」

「国ってのはひとりが勝ったってしょうがないじゃない」

年はRJと同じくらいだろうか。もしかしたらもう少し下かもしれないが、とにかく老成している。落ち着き払って事を眺めている様子は、さすがこの謁見の間に入る資格を持った者……といったところだ。


「──ノクティス」

ふいに皇帝が言葉を逸(そ)らした。

「はい、何でしょう?」

RJの黒い瞳の片隅、優男が小首を傾げて一歩前に出る。

「宰相の警備が甘い。余に警護はいらぬゆえ、配置を変えよ」

「そう言われましても……誰も置かないわけには……」

「置くだけ無駄であろうに」

「そ、それは真実なのですが……仕方ないですねぇ、分かりました。陛下のおっしゃる通りに致します」

了承したにもかかわらず、近衛隊長はまだ口の中でごにょごにょ言っていた。
もちろん誰も聞いてはいない。
そして代わりに女将軍の名が呼ばれる。

「ルビー=ヴァレン」

「はい」

返事ははっきりと、だが彼女は皇帝の動かぬ白皙を仰ぐことなく進み出ていた。
磨きぬかれた大理石が凝視されている。

「今朝左軍将軍の席が空いたな。……そなた、移れ。空いた右軍の将軍には、誰なりと好きな者を取り上げるがよい」

「──それはっ!」

「……何だ?」

思わず顔を上げ叫んだルビー=ヴァレンだが、穏かに返されてひるむ。
押し出された何かを呑み込んで、彼女は再び頭を垂れた。

左軍の将軍とはつまり、帝国三軍全てを統べる将軍の地位である。一番大きな軍団である左軍の下に、右軍と中軍があるのだ。
将軍の位も規模に等しい。
結局彼女は、同志も同然だった上司が皇帝の逆鱗に触れて失脚したからこそ、自動的に昇進することとなったわけだ。

「いえ……なんでもありません」

喉の奥から絞り出された低い声。
RJの位置からは、彼女がギリギリと歯軋り(はぎしり)しているのが見えた。

そりゃあそうだろう。
皇帝の人事は正しいだろうが、武人たるルビー=ヴァレンの神経を逆撫でするには充分な過程がある。
理不尽とも思える皇帝の意で友人が牢獄送りになり、それゆえに自らが地位を高める。それも友人を陥れた皇帝その人の言葉によって。
正常な人間ならば──とりわけこの女将軍のような性格ならば、我慢できまい。

「ヴァレン将軍、決まり次第私に報告してください」

「……分かりました」

これ以上の問答を制するように流れた宰相の言葉は、沸騰する彼女にかけられた冷水。
ここで承諾しなくては、ベルト将軍の二の舞になる。
もしそうなったとしても、皇帝は今と同じくただ人員を適当なところから補充するだけ。彼らが命を賭して信念を貫いたとて、あの男は痛くもかゆくもないのだ。

嘲りと同情、複雑な感慨が浮かんでくるのを抑え、RJはそろりと前を見た。
瞬間、氷の蒼眸と視線が交わる。

「…………」

ほどなく逸らされたそれは、黙って佇む白の女へ。

「インペリアル・ローズ」

皇帝が本題に触れる時だと知り、自然空気は張り詰めた。
宰相は口を引き締め遠くを見据える。司法長官も息を呑み、将軍が身を堅くする。近衛隊長のにこやかな華の中には憂いが混じる。

「お前は……何故城を壊した?」

ガラスを包む真綿。そんな声音が降った。
透明でない。無感情でない。神でない。
それはそこにいる者たちが初めて聞く、セレシュ=クロードという人間の声だった。

「力を、見つけたと思ったのだ」

口を半ば尖らせるローズに、皇帝は頬杖をついて静かに続きを促す。

「力とは?」

「私よりも大きな力」

(……そういえばそんなこと言ってたな)

RJは昼間を思い返した。
インペリアル・ローズは、自分よりも大きな力が存在していると言って賭博師の顔をしていた。敵か味方か分からぬなどと言いながら、しっかり敵視しているようだったのを鮮明に覚えている。

「その力というのがロベリアだった、と?」

「……と、思った」

「では?」

「まだ分からぬ。あやつは反撃をしてこなかったからの」

「…………」

皇帝が無言のままインペリアル・ローズから視線を上げた。

白と蒼を基調に造られた、絢爛豪華な謁見の間。四方を壁に囲まれたその部屋だったが、唯一片側上方だけが採光のため天窓仕様になっている。
彼が見つめた先にはおそらく、藍色の夜があり、その空に冴え渡る月があるのだろう。

ほんの少しの沈黙は、時計の針が止まったように長く長く、皆にのしかかる。
皇帝が何を考えているのか、誰もが読もうとせずにはいられない。
だがそれは同時、全く無意味なことにも思えた。
誰が何を考えようが、無駄に感じられてくる。
このセレシュ=クロードという未曾有(みぞう)の皇帝ですら、歴史という大河の一点でしかないのだ。
始点があり、そして終点もある大河。
始点から終点へと流れゆく大河。

この沈黙のうちにも、全ては終点へと向かって流れている。
セレシュ=クロードは、そこに楔(くさび)を打とうとしているのだろうか。その終点を少しでも遠くへやろうとあがいているのだろうか。
それとも……。


「ローズ」

「はい」

「お前、死者の大地へ行け」

「…………!?」

何気ない皇帝の一言。
しかしインペリアル・ローズは目を見開き、他の者は絶句して皇帝の言葉を疑った。
厳かにたゆたっていた空気が、凍りつき音をたてて崩れ落ちる。



──死者の大地。
それはこの大陸西の果て、底無しクレバスを越えた向こう側、湿った黒土の哀しき地。
大陸で死した者は皆ここへ運ばれ、埋葬されることになっている。
各国の王族以外皆、ここで永遠に眠るのだ。
民人も、流浪人も、戦火の中で尽きた兵士達も、皆。

死者の大地。それは、広大な墓場。
帝都から遠く離れた最果ての地。



「何故」

「宰相の件にもあるように、叩き潰し損ねたハエが一匹うろついている。相手がネクロマンサーならば、必ず死者の大地が鍵となろう?」

「私に墓守をしろと言うか」

眉間にシワを寄せ、白の女が皇帝をねめつけた。
だが、相手は不動。

「──あの地に眠る死者が全て呪師の念によって甦った時、対抗できるのはそなたをおいて他におるか?」

「……おらぬ」

「だろう?」

皇帝が、笑った。

「ふむ。閑職墓守も仕方あるまいか」

ローズも笑う。

「そなた以外、力不足なのだ」

「私は規格外だからの……。そういうことならば致し方あるまい」

「華奢な女に行かせるには少しばかり陰気な地だが」

「気にせぬよ」

誰も見たことがなかった皇帝セレシュ=クロードの人間たる微笑みと、からからと小気味よいインペリアル・ローズの笑い声。
偽りだらけの笑い。

ふたりの間には、誰も入り得ぬ空間があった。
嘘と優しさで固められた空間。


(……痛い)

RJは目を伏せ、柳眉をひそめた。

(痛いな……。誰も騙せていない騙し合いだ)

インペリアル・ローズは皇帝の真意を知っている。だが分からぬふりをしている。
セレシュ=クロードは彼女が分からぬふりをしているのを知っている。だが彼は気付かぬふりをしている。

皇帝の方には向かぬまま、しかし悲哀を滲ませている将軍の顔を見れば一目瞭然。

インペリアル・ローズは“行く”のではない。
“追放”されるのだ。この帝都を。

墓守に期限はない。
少なくともシェーヌ=スクレートが討たれるまでは、帰ってこられないだろう。
あるいは世のネクロマンサーというネクロマンサーが討たれるまで、命が解かれぬかもしれない。そして、それが完了する前に、彼女の命運が果ての大地で尽きることもあろう。
帝都に戻ることなく、二度とその主に会うことなく、土となる。
行きは厳命、帰りは……その約束すらなされない。


「兵にすべき者達を抑えられたら、いかに高名なネクロマンサーと言えど手も足も出なかろうな。大船に乗ったつもりでいるがよい、セレシュ」

彼女は真意を知っている。

「我が姫には多大なる働き、感謝する」

セレシュはそれを知っている。
そして、インペリアル・ローズがいたからこそ誰も彼に手出しを出来なかったのだということも知っている。
嘆き、怒り、悲しみ、憎しみ、不満、非難、それを塞き止めていた“恐怖”の源がインペリアル・ローズの計り知れぬ“力”であったということも、宰相が反逆に動けぬ最大の要因が彼女であることも、彼女をその身から離すことが右手を落とされる──否、胴を薙がれることと同然であろうことも、彼は知っている。
彼がいかに天から定められし覇者であっても、左軍将軍を軽くあしらう力を持っているとしても、大陸に満ちた“負の感情”はその手に余りある。

セレシュ=クロードは神ではないのだ。
──帝国は揺らぐ。

だが、彼は言った。

「行け」

凍りついた蒼が、静かに閉じられる。
ローズが音もなく片ひざをつき、頭を下げた。

「御意」

そして皇帝は瞳を閉ざしたまま、緩慢に命じてくる。

「RJ、カース」

「何でしょう」

「約束どおりだ。ローズを護れ」

「……承りました」

RJは神妙に一礼しながらも、怒鳴りつけてやりたい気がしていた。

──何故インペリアル・ローズを遠ざける!? 皇帝の権をもってすればこのくらいのことを握り潰せぬはずもない。なのに何故こんな結論になる!?

『何故、何故、何故……』

それだけが部屋に満ちていた。
宰相、司法長官、将軍、近衛隊長、フォール=クロード。全ての胸にその問いだけが溢れていた。
どうしてそんな痛々しい顔をしながら命を下す。罰を与える。離別を言い渡す。

だが、RJはあえて何も言わなかった。
言ったところでどうなるものでもないだろう。他人の言葉に左右されるような男ならば、大陸平定などできるはずがないではないか。

自滅の道と知ってなお進むべき理由が、インペリアル・ローズに心を裂くような思いをさせてもなおその道を選ばねばならない理由が、あるのだ。どこかに、きっと。
……そうでなければ報われない。


「以上。速やかな退出を命ず」


その声はもう、誰も届かぬ神の声。






◆  ◇  ◆  ◇  ◆





「ローズ」

「本当にロベリアに感じたのだよ、力の恐怖を」

いつの間にか謁見の間から姿を消していた彼女を探せば、当のご本人はケロリとした顔で中庭噴水の淵に腰掛け、両足を水に突っ込んでいた。
水面に映る月を割って遊んでいる。

「奇襲でなければ意味がないからとりあえずドカンとやってみたんだが、反応がなくては何もわからぬ。間違っていないはずなのだが……間違ったやもな。お前に言っても信じぬだろうし、ましてやあの他力本願なお坊ちゃんやら澄ました宰相やらが信じるわけがない。だから黙っていた。すまぬ」

「そうじゃない。何故それを皇帝に強く言わなかった? 何故あっさり引き下がる? お前がここから去ることがどれだけあの男にとってマイナスになるか、分からんはずもないだろうに」

「……強く言わずともあやつは全部分かっておるよ。陛下も私の言を疑わぬ。その上でのあの命だ。何か考えがあるのであろ」

高く結われ、そのなだらかな肩をも包む黒髪が揺れた。

「それもいずれ分かる」

「そりゃ間違いだ」

「どこが」

彼女の口端に笑みがのる。
RJは夜風にさらわれる髪をそのままに、低く告げた。

「言わなくても分かるなんてのは傲慢だな。どれだけ言葉にしても疑いは消えるもんじゃなし、伝わらないものは伝わらない。以心伝心を過信し過ぎると──気付いた時、現実は取り返しのつかないところまで離れているもんだ」

「それはお前が人間だからであろう?」

「…………」

「私にそもそも疑いはない。だから私はあやつが何を考えてその結論を出したのか、問う必要もない」

断言してくる彼女の顔からは、表情という色が抜け落ちていた。

「私は何があろうとも、セレシュ=クロードの命のまま」

「それがあいつを滅ぼすことになっても?」

「……無論」

「人形か」

「最強のな」

「お前はそうやって──」

「仮面の殺し屋、RJ殿!」

説教を続けようとしたRJの声に、バカ丁寧な呼称が重なった。

「……はい?」

水平な視線で見やれば、宰相イェルズ=ハティが月光差し込む回廊に立っている。
少しばかりご機嫌が斜めそうだ。

「陛下がお呼びでしたよ」

「分かった」

「まだ先ほどの部屋にいらっしゃいますから」

「あいよ、──っと」

片手を挙げて応えた視界に銀色の物体が横切り、彼は反射でつかむ。

指輪だった。
細い銀台に小さな青玉が居座った、指輪。
確かこれは昼食の時にローズがつけていた……。

「あやつのところに行くのだろう? ちょうどいい、渡しておけ。冥途の土産にしろと言ってな」

聞こえたのは彼女の笑い声。映ったのは伸びをする後ろ姿。

「ローズ」

「RJ! 早くしてくださいね!」

「分かってるよ!」

ぐるりと身体を反転させて宰相に喚き(わめき)、元に戻す。
が──、

「…………」

そこに彼女の姿はなかった。
霧散したか、ただ消えたか、どちらにしろ痕跡もなくいない。
ゆらめきひとつない鏡の水面に、愛想のない月輪が残されているだけ。

「曇りない忠誠と人を大事に想う心ってのは別モンなんだよ、お嬢さん」

彼はつぶやいて、さっきまで彼女がいた場所に腰掛けた。
足を組み、片手で己のあごをなぞる。

「まぁ──それを承知のうえで忠誠を選ぶって言うなら文句は言わないけどな」

そう声に出し、だが彼は心の中で否定した。

インペリアル・ローズは忠誠を選んだのではない。
忠誠しか選べなかったのだ、おそらく。
彼女の中に選択肢という存在は許されていない。
そこには唯ひとつ、忠誠あるのみ。


“──それはお前が人間だからであろう?”



「そう言うお前は一体何モンだい?」


仰いだ夜の空。霞みひとつない冷たい月が、無言で世界を見下ろしていた。










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